その一

あれから月日が過ぎて、2月14日になっていた

この日の横島は、朝からテンション高くご機嫌である


「ようやく俺にも人並みの幸せが……」

バレンタインにいい思い出など一つもない横島だが、今年ばかりは違う

確実に貰えるアテがあるだけに、今までの過去が笑えるほどの喜びに満ちていた


「ヨコシマ、起きて~」

「ルッ……ルシオラー!!」

いつものように朝食の支度を済ませ起こしに来たルシオラに、横島はケモノのように飛び掛かる


「ちょ……ちょっとヨコシマ!? 今はダメよ!!」

突然飛び掛かって来た横島をルシオラは慌てた様子で落ち着かせようとするが、幸せなバレンタインという現実に燃える横島が落ち着くはずがない


「もう~、ダメだってば!!」

押し倒して熱いキスをする横島をルシオラは必死に止めようとするが、横島のあまりの情熱にルシオラは状況を忘れてつい答えてしまう


「んっ……」

長く熱いキスをする二人はそのまま自分達の世界を作って行きそうになるのだが、そんな二人には周りの視線が集中していた


「あの……、横島。 お客さんだよ」

二人を現実に戻したのは、ベスパの困ったような声だった


「へっ!?」

予想もしない言葉に我に返った横島が振り向くと、そこには額に青筋を浮かべた令子と黒い笑顔のおキヌが静かに横島を見つめているではないか


「おっ……おはようございます」

「おはよう、横島クン。 ゴメンね~ 朝からお楽しみの邪魔して」

二人のあまりに危険な表情に横島は引き攣った顔で声をかけるが、令子は逆に満面の笑みを浮かべて横島を見つめていた


「もう~、さっきからお客さんだって声かけてたでしょ? 聞こえてなかったの?」

「いや~、ゴメン。 ルシオラの事考えてたらつい……」

ちょっと困ったように横島に注意するルシオラだが、横島がルシオラの事を考えてると言うと顔を赤らめて幸せそうに微笑む


「ヨコシマ……」

「ルシオラ……」

二人はそのまま見つめ合いゆっくりと顔を近付けてゆく


「ゴホン!!」

わざとらしく咳ばらいをするベスパに気付き、横島とルシオラは恥ずかしそうに少し離れた


「仕事の助っ人頼みたかったんだけど……、今日は使えないわね。 帰るわよおキヌちゃん」

一度ならず二度も自分達の存在を忘れた横島に、令子は気持ちのいい笑顔を残して帰っていく


「横島さんのバカ……」

小さな声でボソッと呟いたおキヌは、横島を見る事なく令子に続いて帰って行った



「なあ、俺なんか悪い事したか?」

二人が帰ったあと横島は不思議そうにベスパとパピリオに問い掛けるが、二人は呆れたように苦笑いを浮かべたままである


(ヨコシマの鈍感もここまでくると気持ちがいいでちゅね)

何故令子やおキヌが今日来たのか、そして何故機嫌が悪いか全く気付かぬ横島に、パピリオは呆れを越えて面白いとさえ感じていた


(横島は相変わらず鈍感だろうけど、姉さんは天然なのか狙いなのかわからないね)

結果的に令子とおキヌに見せ付ける形となった現状に、ベスパはルシオラが天然なのか狙いなのかわからなかった

それと言うのも、実は最近は割とよくある光景なのである

令子とおキヌは理由を作っては横島に関わろうとするし、ルシオラはそんな二人の前で遠慮しつつ結果的にはいつも見せ付けているのだ


「まあ美神さんはいいや。 それよりお前達、何か忘れてないか!?」

意味がわからない令子の行動より、横島にはルシオラ達からチョコを貰う事が全てだった

興奮気味であからさまにチョコを要求する横島に、ルシオラ達は思わず笑ってしまう


そんな、朝のひと時だった


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