その一

「でも……」

突然の事態に横島は軽いパニック状態になる

エミから横島を求めるなど誰もが絶対にありえない事だと言うだろうし、横島自身も信じられないのだ

戸惑いながらも話をしなくてはと頭では考える横島だが、初めて経験する女性との快楽に頭が真っ白になる



「本当に初めてだったのね」

数時間後の東の空が僅かに明かるくなる頃、エミはようやく落ち着いた横島を優しく見つめていた

人を避けるように生きている横島だが、さすがに女性経験がまるでないとは思ってなかったようだ


「仕方ないじゃないっすか、モテないんだから」

エミの視線に気付いている横島は、照れた表情を浮かべ視線を合わせない

どんな顔をしてエミを見ていいか、わからないようである


「嘘ばっかり…… あんたがつまらない理由で東京から消えて、いったい何人の女が探したと思ってるの?」

「いや…… その……」

ニヤニヤとした笑顔でからかうエミに、横島は困ったような照れたような表情でごまかすしか出来ない


「さて、私は帰るワケ」

それから少しの時が過ぎ雨戸の隙間からうっすら朝の光が差し込む頃、エミは横島の布団から出て服を着て帰り支度を初めていた


「エミさん……」

何かを言いたそうな表情でエミを見る横島だが、エミはいつもの表情に戻っている


(夢から覚めたって事か……)

そんなエミの表情に、横島は言いたかった言葉をそのまま飲み込んでしまう


「気をつけて帰って下さい。 もう会う事もないでしょうが、お元気で……」

靴を履き家を出ようとするエミを、横島は精一杯の笑顔で見送っていた


「おたくの馬鹿は死ななきゃ治らないみたいね」

エミは少し呆れたような表情で、横島にそんな一言残して帰っていく


(私が気まぐれで体を許すとでも思ったのかしら? 相変わらず女心をわからない奴ね)

振り返る事なく帰っていくエミだが、若干不機嫌な様子であった



一方横島は再び一人になった家で、何をする訳でもなく無表情でぼうっとしていた


(ありがとう、エミさん)

昨夜の事は自分に同情してくれたのだろうと理解した横島は、いつ以来か忘れたほど久しぶりに寂しさを感じている


「畑に水やらんとな……」

しばらく動く気になれない横島だったが、やる事をやらないと生きていけない

込み上げてくる寂しさと孤独感を忘れるように、いつもと同じように生きるための作業をしていく



月日が流れて、それから一年後……

横島は一年前とは別の場所に移って、一人で暮らしていた


「またこんな山奥に引っ越したワケね。 来る方の身にもなってよね」

いつものように畑仕事の合間に休憩をして眠っていた横島に、突然よく知る女性の声が聞こえる


「えっ!?」

慌てて起きた横島は目の前を見るが、やはり誰もいない


「また夢か……」

夢でも見たのだろうと苦笑いを浮かべる横島だが、背後から頭を小突かれる


「悪いけど夢じゃないワケ。 おたくに用があって遥々尋ねて来たのよ」

小突かれて驚き後ろを振り向く横島だが、エミとその腕に抱かれた赤ちゃんを見てそのまま固まってしまう

今までたくさんの経験をした横島だが、この時ほど驚いた事はない


「あんたと私の娘よ。 そしてあの子の生まれ変わり。 悪いけど責任取ってもらうワケ」

この時のエミの表情は、横島にとって生涯忘れられないものになる

勝ち誇ったようでもあり、イタズラが成功した子供のようでもあった

そして、あの夜と同じく優しさと愛情に満ちた表情だったのだから


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