その一

風呂から上がったエミは再び囲炉裏の前に座るが、特にすることがない

横島は風呂に入り居ないため、静かな部屋でエミは一人囲炉裏の炎を見つめていた


(テレビやラジオどころか本も無いのね)

部屋を見渡したエミは、殺風景な部屋になんとも言えない気持ちになる

生活必需品はいくつかあるが、娯楽になるような物はまるでない

こんな部屋で横島が毎日何を考えているのか、想像するだけで寂しくなる気がした

エミがそんなことを考えてる間に横島も風呂から上がってくるが、こちらも特に何をする訳でもなく座るだけである


「夜は毎日何してるの?」

「夜はすぐに寝ちゃうんで、何にもしないっすよ。 基本的に朝日と共に起きて、夜は早々と寝ちゃう毎日っすね」

暇を持て余したエミが日頃何してるのか横島に聞くが、答えは意外なものだった

まあ人間の文明と離れた生活を何年も過ごしてる横島には当然だが、エミにはそんな毎日が意外だったようだ


「結婚しないの? オタクもいい年なのに」

「アハハッ、相手が居ないっすよ。 こんな隠匿生活で結婚する相手なんか居ませんって!」

「でも子供を作らないとあの子が……」

暇潰しに結婚の話を持ち出したエミだが、横島は笑って否定してしまう

そんな横島にエミはあの件をふと口にするが、しまったという表情を浮かべて途中で黙ってしまった


「ルシオラは俺の死後、俺の魂の中にあるルシオラの魂を戻す事で復活させる予定です。 俺は直接会えないけど、それがベストだと思います」

しまったという表情のエミに、横島は微妙に困ったような笑顔を浮かべてルシオラの件を話していく

そんな淋しさや悲しみに慣れた横島の表情が、何故かエミの心に強く焼き付いていた


「オタクも本当に馬鹿よね」

不器用な生き方しか出来ない横島に、エミは再び共感を抱いてしまう

求めれば支えてくれる女性の一人や二人居たはずの横島が、あえて一人になる道を選んだ

その想いは何故か理解出来る気がした


「ルシオラの件だけなら、もしかしたら結婚したかもしれないっすけどね。 俺は表に出ない方がいい人間っすから」

その言葉にエミは、返す言葉が浮かばないまま無言になってしまう

何か言ったところで何も変わらない


いや、変えれないのだから……


そのまま無言になった二人は、特にすることもなく寝ることになる

タマモやシロが来るからか来客用の布団だけはあり、囲炉裏を挟んで離れた位置に敷いた布団で横島とエミは休むことにした



それからどれだけ時間が過ぎただろうか……

囲炉裏もすっかり火が消えて辺りが漆黒の闇に包まれている頃、横島はふと見知らぬ温もりを感じて目が覚める

柔らかく温かいその温もりは、横島が忘れかけていたものだった


「えっ……、エミさ……」

温もりの主を感じた横島は困惑したまま声をかけるが、横島の声を止めるように柔らかい何かが横島の口を塞いでしまう


「夢よ……。 全部夢なのよ。 だから今だけは全てを忘れていいわ」

それは横島が聞いたことがないほど優しく甘い声だった



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