その一
聖夜の悪魔
その日、彼女は人が混み合う街をただ歩いていた
その美しき美貌に街行く人達は目を奪われ、声をかける男も少なくないが、彼女は誰一人顔も見ようともしない
賑やかなクリスマスソングも、街を明るく照らすイルミネーションも彼女には関係が無いようで、ただ無表情で歩いていた
「こんな日に休暇を取ることになるとはな…」
誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいたのはベスパである
(魔族の自分が、何故キリストの誕生日で浮かれるこの日に休みを貰わねばならないのだ…)
まるで皮肉のような休みにベスパは不機嫌であった
そんな彼女が、わざわざ人界に来たのにはもちろん理由がある
事の始まりは彼女の妹、パピリオが送って来た手紙が始まりだった
《人間はクリスマスになるとパーティーをやるでちゅ。 わたちは妙神山でパーティーをやるから、ベスパちゃんも必ず来るでちゅ》
そんな手紙が、ベスパの元に来たのだ
ベスパの元に手紙が来た時には、すでに彼女の休暇はワルキューレにより申請されており、返事を返す前に妙神山行きが決まっていた
どうやらパピリオが寂しい思いをしてるらしいと、小竜姫辺りから話が伝わったようである
そんな訳で、久しぶりに会う妹に土産とクリスマスプレゼントを買う為にベスパは街をさまよっていた
「何が欲しいんだろう…」
様々な店の商品を眺めながら考えるが、ベスパにはわからない
そもそもパピリオとはあの戦い以来会ってないし、たまに手紙は来るが欲しい物まで書いてない
「こういうのは姉さんが得意なんだけどな…」
ふと思い出すのは今は亡き姉の事
優しく自分やパピリオを見守ってくれたルシオラである
(そう言えば、あいつはどうしてるかな…)
姉の事を思い出すと、いつも一緒に思い出すのは1人の人間だ
姉を愛して、姉の為に命を賭けて戦ったあの人間
姉はその人間の未来の為に、命を分けて死んでしまった
「あたしは恨まれても仕方無いけど…」
ベスパが今日これほど憂鬱なのは、妙神山に行くことではなく、その人間に会うことである
恋人を殺した自分が、どんな顔で会えばいいかわからないのだ
「お姉さん~ 一緒にクリスマスを楽しみませんか~?」
考え込んでいたベスパの後ろから男の声がする
ベスパはその声を無視したまま歩いていくが…
「ちょっとお茶だけでもどうっすか? お姉さんびじ……」
男はしつこく前に回り込んで声をかけるが、途中で止まってしまう
「ベスパじゃないか? 元気だったか!」
突然名前を呼ばれたベスパが驚き相手を見ると、姉が愛した男がそこにいた
「横島……」
少し緊張した声でつぶやくベスパは、複雑な表情をしたまま横島を見つめる
「ちょうど良かった~ 今日、妙神山に行くんだろ? 一緒に連れて行ってくれよ。 電車賃ギリギリなんだ」
嬉しそうに話しかける横島を見て、ベスパはなんと言っていいかわからない
そんな困ったようなベスパを横島は引っ張るように連れて歩き出した
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