その一

数日後、都内の高級ホテルの一室に西条の姿があった


「西条さん、なんかあったの? 今日はいつもと違ったけど……」

西条の腕枕で横になっている女性は、少し心配そうに疲れが表れている西条を見つめる


「ちょっと仕事で嫌な事があってね……」

女性の質問に少し引き攣った表情を浮かべた西条だが、嫌な事を忘れるように再び女性を求めていく


「もう~! 今日は本当に変よ!?」

困惑気味に心配する女性をよそに、西条は女性を求めるのをやめる気配はない


(せめてこの時くらいは、嫌な事は忘れさせてくれっ!)

のぞみへの対応などで精神的に参っていた西条は、別の女性でストレスを発散して現実逃避してるらしい

頭と下半身は別物だとはたまに聞く話だが、西条も例外ではないようだ

まあモテる男の宿命だとも、甲斐性だとも思ってるのかもしれないが……



次の日の朝、西条はいつもの笑顔に戻って仕事へ出勤しようとホテルの部屋を後にしていく


「きよみ君、昨日はありがとう。 僕が気を許せるのは君だけだよ」

「西条さん……、無理しないで下さいね」

ホテルのロビーで別れを惜しむように甘い言葉を囁く西条に、きよみと呼ばれた相手はうっとりした表情を浮かべる

たくさんの人が行き交うロビーではさして珍しい光景ではないのだが、西条の運命はこんな幸せな光景を許さなかった


「あら、西条さんじゃないの~ おめでとうございます~」

甘い空間を作っていた西条に、気さくに話し掛けたのは冥子である

普通は空気を読んで見てみぬ振りをするのだが、冥子にはそんな能力はなかった


「めっ……、冥子君じゃないか!? これはその…… えっ? おめでとうとはいったい?」

突然話し掛けて来た冥子の姿に、西条の表情は一瞬で引き攣ってしまう

すぐに言い訳を考える西条だが、同時に冥子が何をお祝いしてくれたのか西条には心当たりがない


「え~、西条さん子供が生まれるから結婚するんじゃないの~?」

不思議そうな西条に、冥子は笑顔で爆弾を落とす

誰も西条が結婚するなどとは言ってないが、子供が出来たイコール結婚すると冥子は勝手に思い込んでいる

スキャンダルとか難しい事は忘れて自分の都合がいいように解釈する辺り、冥子らしいのかもしれない

しかし西条にとっては、核兵器級の爆弾発言だった


「けっ……結婚!?」

真顔になりマヌケそうに驚きの声を上げる西条に、周囲の人の視線が集まる


「え~、違うの~?」

キョトンと首を傾げる冥子に、西条は冷や汗をダラダラ流して考え込む


(何故冥子ちゃんがのぞみ君の件を知ってる!? あれは弁護士を立てて示談中でまだ世間には知られてないはず……)

全く関係が無い冥子が何故のぞみの件を知るのか、焦る西条にはわからない


(まっ……マズイ!! この件が令子ちゃんに知られたらタダじゃ済まないぞ!! それに世間に知られたら、僕のイメージやキャリアが……)

冥子が何故知ってるかより、どうやって冥子の口をふさぐか悩む西条だが肝心な事を忘れている



「西条さん」

先程まで隣で幸せそうな笑顔を浮かべていたきよみは、言葉少なく涙を流していた


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