その一

 
  竜神様のバレンタイン


それは2月13日の寒い日の午後、小竜姫はコタツで温まりながら暇そうに白黒テレビを見ていた


『バレンタイン特集』

そんな番組が入ると、興味深そうに見入っている


「『ちょこれーと』とは何でしょう?」

不思議そうに首を傾げる小竜姫

彼女はバレンタインどころか、チョコレートも知らないようだ


「新しいお饅頭でしょうか?」

テレビの中で甘くて美味しいと紹介しているのを見て、小竜姫は新しい饅頭なのかと想像する

カラーテレビなら色からして違うのに気が付くのだが、残念なことに白黒テレビなのでイマイチ饅頭に見えるらしい


『好きなあの人に手作りチョコを渡そう!』

テレビの中のタレントがそんなことを言ってるが、小竜姫には理解出来ない


「何故好きな人にお饅頭をあげるのでしょう? 相変わらず人界は不思議なことしますね」

しばし考え込む小竜姫

するとテレビは街を歩く男性にインタビューをして、バレンタインチョコの過去の話を聞いている


「今の妻とはバレンタインにチョコを貰ったのがきっかけで結婚しました」

テレビの中の男性がそんな告白をしているのを聞くと、小竜姫の表情が一変する


「『ばれんたいん』にお饅頭を渡せば結婚出来るのですか!!」

目を輝かせて立ち上がる小竜姫

「これは『ちゃんす』です! もう行き遅れだとか、行かず後家だとか言わせません!!」

目に炎が宿るほど気合いの入った小竜姫は、さっそく饅頭を作るために台所に向かう

この時小竜姫は、全くバレンタインを理解してないことに気付かぬまま、行動を開始してしまう

そして小竜姫の勘違いバレンタイン作戦は開始された


「お饅頭は得意ですからね~♪」

機嫌良く饅頭を作ってゆく小竜姫は、さすがにこういう古い料理は得意なようだ


それから数時間後、見事な饅頭が出来上がった


「どれどれ… うん、美味しいです!!」

味見をして満足そうな笑顔を浮かべる小竜姫だが、ふとその表情が険しくなる


「誰にあげればいいのでしょうか? 結婚相手と言っても、人間界の風習ですから神族は無理ですし…」

そう、小竜姫はバレンタインをあげる相手を考える前に行動していたのだった

出来上がった饅頭を見つめながら、小竜姫は相手を考えていく


普通は竜神族は同じ一族の中で結婚するのだが、小竜姫はその堅物な性格と年齢から結婚相手が居なかったのだ


(人間で私が好きな人ですか…)

改めて誰と生涯共にしたいかと聞かれれば、小竜姫は悩んでしまう


「やはり優しい人がいいですね。 竜神族に婿入りして貰うには、それ相応の実力も必要ですし…」

着々と結婚に向けて考えを進める小竜姫

いつも居るはずの老師がこの日居なかったこともあり、彼女を止める人は居ないのだ


そんな小竜姫の脳裏に浮かんで来たのは、一人の少年である

馬鹿で煩悩まみれだが、能力だけは高いと感じた少年


(私を女性として見てくれる人なんて、あの人しか居ませんね… 少々性格に問題がありますが、優しさだけは人一倍ありますし…)


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