その一

《妙神山のお花見》


「きれい……」

その日、妙神山の庭園の桜が満開になっていた

美しくも華麗に咲いた桜に小竜姫は思わず目を奪われてしまう

僅かな時間しか見れないこの美しさが好きだった

永遠に近い時を生きる小竜姫にとって、はかなく短い桜の花は何か自分にないモノを感じてしまうようで……


「小竜姫さま……」

「横島さん?」

桜に魅入られていた小竜姫はふと自分のひざ枕で眠る横島に呼ばれた気がして声をかけるが、横島は気持ち良さそうにまだ眠ったままだ


「どんな夢を見てるのでしょうか」

幸せそうに眠る横島の頬をそっと撫でた小竜姫は、夢の中で自分はどうしているのかと考えると思わず笑ってしまいそうになる


「あなたはやっぱり花より団子なのでしょうね。 でも私はそんな素直なあなたが……」

起きる気配もない横島を見つめ、幸せそうに微笑む小竜姫の姿は本当に美しく綺麗だった

桜の一瞬の輝きに負けないくらいに……





「周りが見えないバカップルって、本当にバカに見えるわねっ!!」

「そうです! 横島さんもせっかくお花見に来たのに寝てばっかり!!」

一方横島と小竜姫の周りではまるでやけ酒のように高級酒をラッパ飲みする令子と、何故かお花見弁当を一人で三つもバクバクと食べ続けるおキヌが居る

同じ花見をしている彼女達だが、小竜姫とは対照的にピリピリした空気を辺りに撒き散らしていた

何が原因で何が理由かは言わずと知れたことだろうが、勝ち組の余裕と負け組の真実という事である


「誰じゃあいつらを呼んだのは?」

「よっ呼んでないのねー 横島さんを迎えに行ったら勝手に着いて来ただけなのねー 横島さんと小竜姫が結ばれたのに諦められ……」

せっかくの花見を台なしにしてるピリピリした二人に、老師は横島を迎えに行ったヒャクメをジロリと睨む

そんなヒャクメは自分は悪くないと言い訳をするのだが……、途中で何処からか酒瓶が飛んで来てヒャクメに命中して気絶してしまう



「横島さん、起きないといたずらしちゃいますよ」

騒がしくピリピリした空気も全く気にせず眠る横島に、小竜姫は顔をつんつんと突っつきながらクスクス笑っている


「困った人ですね~ 早く起きないと嫌いになっちゃいますよ?」

時折くすぐったそうにする横島だが、小竜姫のひざ枕がよほど気持ちいいのか起きる気配はない

小竜姫が二人の世界を作れば作るほど、令子とおキヌの空気はピリピリしていくのだが……

小竜姫はそんな二人がまるで居ないような態度を続けている



「……仕方ないですね。 横島さん、一緒にお風呂でもいかがですか?」

「もちろんっす! じゃ今すぐ行きましょう!!」

あまりに起きない横島に小竜姫が顔を赤らめてお風呂に誘うと、横島は待ってましたと言わんばかりに起きだし小竜姫をお姫様抱っこして風呂に走っていく


「よこしまー!!」

「横島さんのバカ!!」

高笑いしながら風呂場に走っていく横島の姿に、令子とおキヌのキレたような声が妙神山に響くが……

それはいつもの事である



「本当に困った人ですね……」

「俺は花より団子より小竜姫さまが一番っすよ」

顔を赤らめながらも身を委ねる小竜姫に、横島は満面の笑みで小竜姫が一番だと語る

どうやら横島はずっと起きていて、小竜姫もそれに気付いていながら付き合ってたらしい



それは妙神山のよくある春の風景だった



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