その一

試合会場はピリピリとした空気が支配していた。

先程までは小竜姫の存在もあり全く感じなかったが、一人になると途端に重苦しい空気をヒシヒシと感じてしまう。


「やっぱ止めよっかな」

思わず回れ右をして逃げ出したくなる横島だったが、会場に入ると多くの人々の視線が集まり逃げ出せなくなる。

ここで逃げれば令子や小竜姫に恥をかかせることになると思うと、どうしても逃げ出せなかった。


「貴様を八つ裂きにしてやる!」

そしていよいよ横島の三回戦が始まるが、対戦相手の陰念はまるで親の敵でも睨むかのごとく殺気だっている。

尤も陰念は別に横島や小竜姫に個人的な興味はなく、どちらかと言えば自分を格下のように扱う雪之丞と勘九朗に実力を見せつけようとしか考えてないが。



「そんな……何故……?」

一方横島と別れ先程までとは別人のように感情を押し殺した小竜姫は観客席にいた。

ここでメドーサが来るのを待つつもりだったが、何故か出場してる横島に動揺を隠せない。

正直ここまで横島が自ら試合に出たいと言ったことは一度もないし、どちらかと言えば渋る横島を小竜姫が無理矢理出していたのだ。


『横島さん、聞こえますね? すぐに試合を棄権して下さい。 貴方が戦う必要はないんです。 約束のご褒美はあげますからすぐに棄権して下さい』

試合場で陰念と向き合い今にも試合が始まろうとするその時、小竜姫は横島にしか聞こえないように念話で語りかける。


『お……俺に任せて下さい! 俺だってたまには役に立ってみせますから!!』

突然頭の中に響く小竜姫の声に横島は驚き辺りを見渡すが、心眼に念話だと教えられると言われるままに念話で返事をした。

それは少し震えた声であったが、横島はなけなしのプライドをかき集めての返事である。

小竜姫に先程まであった余裕が消えたことは横島でさえ理解していた。

それゆえに横島にも意地があった。


「ああ……私は……」

この時小竜姫は自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気付く。

すでに運命は横島を戦いへと導き始めているのだ。

かつて未来の横島も同じGS試験で令子に止められても、雪之丞との戦いに出向いたことを小竜姫は思い出していた。

ただ小竜姫はここの横島がGS試験に執着してなかったことから、何故ご褒美の約束を抜きにして試合に挑むのか分からない。


そう、小竜姫は気付いてないのだ。

横島がこだわってるのはGS免許でもご褒美でもなく小竜姫自身であることに。


そして小竜姫は横島を甘く見ていた。

かつての未来でルシオラが見せた僅かな心の為に、アシュタロスに戦いを挑んむほど横島は単純で大馬鹿者であることを小竜姫は知っていたはずなのだ。

無論ここの横島にはまだあの時ほどの力も覚悟もない。

だが悲しみ余裕が消えた小竜姫を放っておくなどできるはずがなかった。


「お前らのせいで小竜姫様が……」

八つ裂きにする言い放ち殺気をあらわにする陰念に横島は恐怖で震えていたが、同時に微かな怒りが心の中にフツフツと沸き上がってくる。

それは全くの誤解なのだが横島は本気で陰念に怒りを感じていた。

そしてそれは横島の目覚め始めた霊能力を奮い立たせるものであった。



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