平和な日常~冬~2

さてその日の夕食はもちろん帆立がメインだが、横島はカセットコンロで一枚ずつ殻の上で帆立を焼いて振る舞っている。

微かに香る磯の匂いにバターや醤油が焼ける匂いが合わさると、それだけでご飯が何杯でもいけるほどいい匂いが辺りに広がっていく。

肉厚の帆立はもちろん刺身でもいける新鮮な物なので必ずしも中まで火を通す必要はなく、それぞれの好みの味付けと火加減で焼き上げるが中をレアなままで表面を軽く焼いた物なんかも人気だった。

店内にはまだ他にも普通の客が少し居るが、横島達が賑やかに夕食を取るのはすでに店では有名であり気にする者はほとんど居ない。


「これお酒あったら最高なんだけど……」

「あかんえ~」

自然と笑顔になるほど美味しい帆立に一同のテンションは上がるが、横島は何故か少し微妙な表情であった。

それと言うのもこの日はちょうど木乃香達により休肝日にされてる日であったからだ。

以前にも少し話したがあまり酔わないからと放っておくと好きなだけお酒を飲む横島は、いつの間にか休肝日をほぼ強制的に決められている。

毎日好き勝手に飲み食いしてる横島なだけに、当然周りは健康を心配していた。

横島自身は大丈夫だからとは言うが、酒飲みの大丈夫ほど信頼がない大丈夫はない。


「木乃香も意外と厳しいよね」

一杯だけお願いと縋るような横島に木乃香は一言でダメだと言い切ると、美砂は思わず苦笑いをして意外と厳しい木乃香を見つめていた。


「横島さん自分のことになるとあかん人なんや。 タマちゃんの為にもきちんとせなあかん」

端から見ると大人の横島にそこまで言うかとも美砂は思うが、夕映達は当然だと言わんばかりに木乃香の意見に頷いている。

実際横島の欠点は近ければ近いほど見えるので、木乃香達が一番理解してるのは確かなのだが。

しかし美砂なんかから見ると横島と木乃香達の関係は若干奇妙であった。

一言で言えば奥さんかと突っ込みたくなるほど親密な割には、当人達は友人のつもりなのだから奇妙としか言いようがない。


「……一杯だけやで」

そのまま微妙にしょんぼりとした横島はみんなの帆立を焼いていくが、流石に木乃香達も可哀相になったのか仕方ないなという表情で一杯だけと釘を刺して横島にお酒を持って来てあげていた。


「おお、流石は木乃香ちゃん。 太っ腹だな!」

「マスター、女の子に太っ腹って褒め言葉は止めてよ」

よほど嬉しかったのか横島はそんな木乃香に太っ腹だと機嫌よく褒めるが、美砂は思わず女の子に対して使う褒め言葉じゃないとつっこんでしまう。


「あれ、そうか?」

一瞬美砂は横島が冗談として笑わそうとしたのかとも思ったが、横島本人は素の表情でおかしかったかと首を傾げている。


(やっぱりマスターって、女の人と付き合った形跡がないのよねー)

太っ腹だと言われた木乃香は横島だからと笑っているが、美砂は横島の言動や態度から過去に女性と付き合った形跡がほとんどないことを考えていた。

自称モテなかった過去は美砂も全く信じてないが、女性と付き合った形跡が横島にほとんどないのも確かなのだ。


(何人の女をヤキモキさせたのかしらね)

横島自身が友達以上恋人未満の関係を好むことはすでに美砂も理解してるが、それは言い換えれば生殺しとも言える関係である。

一度過去に親しかった女性と話してみたいと思う美砂は、そろそろ誰か横島を訪ねて来てもおかしくはないと期待していた。



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