平和な日常~冬~2

静かな沈黙が部屋を包んでいる中、つまみにと用意した料理の匂いとお酒の香りが鼻をくすぐる。

横島に選択肢を与えた近右衛門と穂乃香は無言のまま返答を待つが、二人は答えを急ぐつもりはないので横島が時間が欲しいと言えばそれまでは話を進めることはないだろう。

それに横島の返答次第では協力の度合いが変わるのは、横島自身もすでに理解していた。

仮に距離を置きたいと言えば当面は最低限の情報共有に留め、万が一の際にも横島を宛てにすることはないだろう。

ただ横島が全面協力を決断すれば、恐らくすぐに近右衛門達は全てを話すつもりなのだと横島も感じている。

そんな一見すると今後の選択肢どころか話の主導権までも全て渡してしまったように見える、権力者としての近右衛門が横島は素直に恐ろしかった。

それは近右衛門の横島に対する優しさからの方法でもあるのだろうが、反面で近右衛門は横島の人となりを理解しており、仮に短期は無理でも長期的には味方に引き込む自信もあるのだろう。

この方法のポイントは万が一この話し合いが決裂しても近右衛門達は恨まれることはなく、横島と木乃香の関係への影響を最小限に抑えれることになることか。

近右衛門は誠意は尽くしたし万が一この話し合いが後々に問題になっても、横島や木乃香に恨まれる要素は限りなく低い。

そして重要なのは近右衛門は横島がそこまで気付くことを想定している可能性が高いことだ。


「怖い人っすね。 ぶっちゃけ信頼と誠意で怖いって思ったのは初めてですよ。 俺はここに来た時点で学園長先生の手の平の上ってことですか」

横島自身、背筋が冷たくなるような怖さを感じたのは久しぶりだった。

結局は今日ここに来た時点で横島には協力する意思があるのは近右衛門には明らかであり、後はリスクを最小限にして信頼と誠意と利点で横島を味方に引き込むつもりなのだろう。

それは上辺だけの駆け引きなどではない正しく本当に人間の戦い方だったが、横島がかつて知る人達とは全く違う恐怖を感じていた。


「お互い様じゃよ、わしらはすぐにそこまで見抜く君が怖いわい。 正直わしらは君に助けてもらう対価に何が必要かだけは解らなかったからのう。 地位も名誉も金も女も全て君が求めてるとは思えん」

少し苦笑いをしたように怖いと語る横島に、近右衛門と穂乃香は同じような苦笑いをしてそれは一緒だと語る。

抜けてるようで何処か底知れぬ横島が怖いと感じたが故に、近右衛門と穂乃香は最善の方法で横島と向き合ったのだから。


「対価は必要ないっすよ。 俺は今の生活を守りたいだけですから。 ただ、俺は学園長先生達が考えてる以上に次元が違う厄介な存在ですよ」

「今更厄介事の一つや二つ増えても変わらんわい。 君の全てをわしらが受け入れよう。 例えそれが業や罪でもな。 それがわしのやり方じゃ」

やはり自分には交渉事は向かないなと横島はしみじみと感じていた。

全てを受け入れると言い切る近右衛門とそれを見守る穂乃香に嘘は一筋もない。

実際近右衛門はエヴァの件でそれを証明しているし、横島の能力をもってしても真実だとしか見えない。

そして横島は自分を受け入れると語る二人の言葉に、素直に喜びを感じている自分が居ることを感じる。



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