平和な日常~冬~2

それから五十分ほど過ぎると、清十郎達はようやく店内に入り席に着くことが出来た。

時間的に店内ではそろそろ中高生の姿が減り、主な客は中高年以上の年配者になっていくが大学生はまだ居るようだ。


「あらまあ、これはまた懐かしい顔ぶれが揃いましたね」

坂本夫妻の妻はフロアでの仕事は当然普通にしているが、同時に元常連達への挨拶回りにも忙しく半分くらいは元常連達との昔話に花を咲かせている。


「ちょうど穂乃香君が京都から里帰りしててね」

そんな中で妻は清十郎達の元にも挨拶に行くが、近衛家と雪広家と那波家の三家の人間が二世代揃ってこうして人前に出ることは本当に異例のことだった。

まあ当人達は必ずしも逃げ隠れしてる訳ではないが、下手に揃って目立つとまた有ること無いこと噂されることもあるしそれぞれが忙しいと言うのが最も人前に出ない理由なのだが。

ちなみに三家の人間が二世代揃って来店したのは二十年ぶりであった。


「正直、二度と食べられん味になるかと思ったんじゃがのう」

近右衛門や清十郎達が最後に麻帆良亭に来たのは、今年の一月と二月のことだった。

近右衛門は前回穂乃香が麻帆良に来た今年の二月に麻帆良亭が閉店すると知り穂乃香と木乃香と一緒に来たが、清十郎達や千鶴子達は今年の一月から二月にかけて最後に来ている。

元店主である夫の性格を知る近右衛門や清十郎達は最後だろうと気付いていた為に、今日になって突然一夜限りで復活すると聞いて心底驚いていたが。


「ええ、私と夫もそのつもりでしたわ。 本音を言えば二度とこの店にも来るつもりもなかったですから」

店内では昔を懐かしむ声があちこちから響いていた。

特に年配者なんかは数年ぶりどころか数十年ぶりに偶然再会した者達もおり、昔話や近況で盛り上がっている。

清十郎達は閉店前に最後の別れを済ませたつもりだっただけに、少し不思議な気分で約一年ぶりの妻との再会になっていた。


「横島君達の影響かい?」

「そうですね。 私と夫をここへ再び導いたのはあの子達ですよ。 ちょっと不思議な……、まるで若い頃の皆さんを思い出すような子達ですね」

その言葉を尋ねたのは千鶴の父である衛だった。

二度と来るつもりのない店に二人を導いたのが誰なのか、清十郎達はすぐに気付いている。

そして妻は自分達を店に導いた横島達を、昔の近右衛門達や穂乃香達のようだと告げた。

それは妻個人の感覚の話であり、坂本夫妻は魔法の存在を知らないので深い意味がある言葉ではない。

ただ半世紀に渡り麻帆良に住み多くの客達を見続けて来た妻の感覚は決して鈍くはなかった。


「新しい時代が来たのかもしれんのう」

一般人であるはずの坂本夫妻まで感じる時代の流れに、近右衛門達は新しい時代が訪れたのかもしれないとシミジミと感じる。

無論横島達にそんな意識はないことは彼らも十分承知しており、今回の麻帆良亭復活も深い意味など考えてないことは明らかだったが。

思えば二十年前に麻帆良最大の危機が訪れた時に頭角を現し麻帆良を救ったのが穂乃香達の世代なのだ。

年配者の元麻帆良亭の常連達にいろいろと絡まれている明日菜達やタマモやさよなどを見ていると、近右衛門や清十郎達は時代は確実に変わりつつあることを実感する。


「繋ぎ止めねばならんな」

そしてこの時ぽつりと妻には聞こえないほどの小さな声で、一言だけ呟いたのは近右衛門だった。

新しい時代の担い手を何がなんでも繋ぎ止めなければならない。

それは多くの先人達の努力や苦労を無駄にしない為でもあり、これから生まれて来る未来の子供達の為でもある。

今だに選民思想や特権意識が主流のメガロメセンブリアの自由になどさせてはならない。

その為には新しい時代の担い手の中核たる存在は、絶対に繋ぎ止めなければならないと心に誓う。



そんな強い決意を固める近右衛門だが、それは決して特別なモノではなく生きとし生ける者ならば誰もが持つ当然の権利の一つである。

先人達から受け継いだ自らの想いを継ぐべき者を見つけ托すのは、人として当然の行動だろう。

しかし近右衛門の決断が二つに別れた世界の未来に大きく影響を及ぼすことに本人はまだ気付いてなかった。



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