平和な日常~冬~
一方その日横島の店には予期せぬ客が訪れていた。
年の頃は六十を越えたくらいの老夫婦のようで、旦那は少し頑固者のような雰囲気を纏い妻は控え目ながら人の良さそうな人物である。
二人は店に入る前にも店の外観を見上げていて、中に入ってからも店内を見渡し驚きの表情を浮かべていた。
「坂本さんじゃないか!」
そんな二人に真っ先に声を上げたのは、店内でコーヒーを飲んでいた常連の老人だった。
彼は二人を見ると驚き立ち上がると、すぐに駆け寄り固く握手をする。
「マスター、この人が前のオーナー夫妻の坂本さんだよ」
予期せぬ客に驚く常連の老人は、横島を呼ぶと嬉しそうに前のオーナーである坂本夫妻を紹介した。
「いらっしゃいませ、横島です」
「はじめまして、坂本です。 先日はわざわざ柿をありがとうございます」
横島と坂本夫妻は横島が庭の柿を送ったのをきっかけに一度だけ手紙のやり取りをしていて、横島もお礼の手紙を貰った程度の付き合いだった。
そのうち近くに来た際には寄らせて貰うと書いていたので、横島としては夫妻が来たことにはさほど驚きがある訳ではない。
「本当に変えずに使っているんだな」
感慨深げに店内を見渡す夫妻は庭が一番よく見える席に座ると、独り言のようにぽつりとこぼす。
噂には聞いていたし手紙と一緒に入っていた写真では見たが、本当に店内は夫妻が居た頃と大差ない。
目新しい物と言えば入口付近に置かれたスイーツのショーケースと、インテリア程度のクリスマスグッズくらいだろう。
椅子やテーブルは元より窓にかかるカーテンすらも同じなのだ。
「ええ、ある物は全部そのまま使ってるんで厨房もほとんど変わってませんよ。 おかげでいろいろ助かってます」
確かに店をそのまま喫茶店にしてるとは聞いたが、これは同じ過ぎないかと坂本夫妻の夫は思う。
新しい店主である横島にしても想像以上に若く、まだ十代だと言われても違和感がない気がした。
代々の麻帆良亭の店主達が守って来た大切な何かが、ここには確かに残っている。
終わらせたはずの歴史と伝統が知らず知らずのうちに残り継承される姿は、正直夫妻にとって戸惑いの方が大きいかもしれない。
「いらっしゃいませ!」
そんな時タマモが二人に水を運んで来ると、二人は目を見開いて驚きタマモを見つめた。
それはとても自然な笑顔でタマモは夫妻を迎えており、何よりその無邪気で自然な笑顔には驚くしかない。
「せっかくですからお昼を食べて行って下さい。 今日はサービスしますから」
タマモが水を配ると横島は飲み物の注文を聞き、お昼を誘って夫妻と常連の老人の元から離れていく。
互いに交わした言葉は決して多くはないが、言葉以上に感じたことが多いのは確かだろう。
光景も音も雰囲気も何もかもが昔と同じだった。
夫妻はそれが懐かしくもあり嬉しく感じるが、妻の方は込み上げてくる感情を抑えるのに必死の様子だ。
細かく見るとメニューが違ったり、若い女性が書いたような可愛らしい商品のPOPがあったりと変化もある。
だが何より夫妻が守り通した店の雰囲気は不思議と変わってない。
窓から見える庭の景色は冬なのであいにくと青々としてはいないが、それでも以前と変わらぬ柿の木に感極まるのは当然だろう。
二人が終わらせたはずの麻帆良亭の伝統は静かに生き残っていた。
この時ふと坂本夫妻の夫は自分達の席から離れたカウンターの向こうに居る横島に視線を向ける。
(彼が見せたかったのはこの光景か?)
改めて考えてもやはり不思議だった。
あの手紙に店や柿の木が待っていると書いた意味を直接横島に聞いてみたいとの思いが込み上げてくるが、きっとその答えもまた不思議なのだろうと思う。
年の頃は六十を越えたくらいの老夫婦のようで、旦那は少し頑固者のような雰囲気を纏い妻は控え目ながら人の良さそうな人物である。
二人は店に入る前にも店の外観を見上げていて、中に入ってからも店内を見渡し驚きの表情を浮かべていた。
「坂本さんじゃないか!」
そんな二人に真っ先に声を上げたのは、店内でコーヒーを飲んでいた常連の老人だった。
彼は二人を見ると驚き立ち上がると、すぐに駆け寄り固く握手をする。
「マスター、この人が前のオーナー夫妻の坂本さんだよ」
予期せぬ客に驚く常連の老人は、横島を呼ぶと嬉しそうに前のオーナーである坂本夫妻を紹介した。
「いらっしゃいませ、横島です」
「はじめまして、坂本です。 先日はわざわざ柿をありがとうございます」
横島と坂本夫妻は横島が庭の柿を送ったのをきっかけに一度だけ手紙のやり取りをしていて、横島もお礼の手紙を貰った程度の付き合いだった。
そのうち近くに来た際には寄らせて貰うと書いていたので、横島としては夫妻が来たことにはさほど驚きがある訳ではない。
「本当に変えずに使っているんだな」
感慨深げに店内を見渡す夫妻は庭が一番よく見える席に座ると、独り言のようにぽつりとこぼす。
噂には聞いていたし手紙と一緒に入っていた写真では見たが、本当に店内は夫妻が居た頃と大差ない。
目新しい物と言えば入口付近に置かれたスイーツのショーケースと、インテリア程度のクリスマスグッズくらいだろう。
椅子やテーブルは元より窓にかかるカーテンすらも同じなのだ。
「ええ、ある物は全部そのまま使ってるんで厨房もほとんど変わってませんよ。 おかげでいろいろ助かってます」
確かに店をそのまま喫茶店にしてるとは聞いたが、これは同じ過ぎないかと坂本夫妻の夫は思う。
新しい店主である横島にしても想像以上に若く、まだ十代だと言われても違和感がない気がした。
代々の麻帆良亭の店主達が守って来た大切な何かが、ここには確かに残っている。
終わらせたはずの歴史と伝統が知らず知らずのうちに残り継承される姿は、正直夫妻にとって戸惑いの方が大きいかもしれない。
「いらっしゃいませ!」
そんな時タマモが二人に水を運んで来ると、二人は目を見開いて驚きタマモを見つめた。
それはとても自然な笑顔でタマモは夫妻を迎えており、何よりその無邪気で自然な笑顔には驚くしかない。
「せっかくですからお昼を食べて行って下さい。 今日はサービスしますから」
タマモが水を配ると横島は飲み物の注文を聞き、お昼を誘って夫妻と常連の老人の元から離れていく。
互いに交わした言葉は決して多くはないが、言葉以上に感じたことが多いのは確かだろう。
光景も音も雰囲気も何もかもが昔と同じだった。
夫妻はそれが懐かしくもあり嬉しく感じるが、妻の方は込み上げてくる感情を抑えるのに必死の様子だ。
細かく見るとメニューが違ったり、若い女性が書いたような可愛らしい商品のPOPがあったりと変化もある。
だが何より夫妻が守り通した店の雰囲気は不思議と変わってない。
窓から見える庭の景色は冬なのであいにくと青々としてはいないが、それでも以前と変わらぬ柿の木に感極まるのは当然だろう。
二人が終わらせたはずの麻帆良亭の伝統は静かに生き残っていた。
この時ふと坂本夫妻の夫は自分達の席から離れたカウンターの向こうに居る横島に視線を向ける。
(彼が見せたかったのはこの光景か?)
改めて考えてもやはり不思議だった。
あの手紙に店や柿の木が待っていると書いた意味を直接横島に聞いてみたいとの思いが込み上げてくるが、きっとその答えもまた不思議なのだろうと思う。