平和な日常~冬~

同じ頃近右衛門は仕事を片付けながら悩んでいた。

木乃香に魔法の存在を教えることは確かに単純に安全面だけを考えれば必要だが、問題はそれほどシンプルではない。

まず第一に木乃香の立場が実は微妙に難しい立場であり、木乃香は東西両方の魔法協会の後継者候補だということだ。

木乃香に魔法の存在を教えるだけならば構わないが、仮に木乃香が魔法を学びたいと言い出すとややこしいことになる。

木乃香が東西のどちらかの魔法協会に傾くと、後継者問題や東西統合の問題にまで影響を及ぼしかねない。

東西の主導権争いは深刻なほどではないが存在するのだ。

少なくとも木乃香は関東魔法協会の所属には出来ないし、魔法の指導者も魔法協会から付けるならば東西の双方から出す必要がある。

まあ魔法の指導者を東西の双方に属さぬ者とすることも可能性はあるが、現実的に木乃香の指導を任せられるはぐれ魔法使いなど数えるほどしかいない。


次に穂乃香が明日菜の為にも木乃香と一緒に明日菜にも魔法の存在を教えてはと語ったが、こちらもまた過去を考えるとそう簡単に考える訳にはいかなかった。

確かに明日菜を守り秘匿するには魔法の存在を教えた方が秘匿し守りやすくはなるが、同時に万が一の時には存在が露見する危険も高まることになる。

近右衛門も現状が最善だとは考えてないが、どの方法を選んでもリスクがある以上は選択は慎重に精査しなければならない。


そして次の問題は先にあげた二点の問題にも絡むことだが、横島の扱いと魔法を明かした後の関係についても慎重に考えなければならなかった。

根本的な問題として横島が何処まで協力してくれるかは現状では分からないし、重要なのは横島に何処まで情報を伝えるかという問題もある。


「仮に全てを理解しても彼は変わらないでいてくれるか?」

近右衛門が一番悩むのは横島に明日菜の情報を何処まで伝えるかだった。

正直魔法協会の裏事情などは伝えても問題はないが、明日菜の事情は何処まで伝えるかは微妙にさじ加減が難しい。

明日菜の危険性を理解しても横島が今と変わらぬままで居てくれるかは、近右衛門も予想が付かなかった。

巻き込まれる危険性があると知ってもなお、今までと変わらず明日菜や木乃香達を見守ってくれるかなど分かるはずがない。

仮に横島が怖くなり逃げ出しても仕方ないことである。

勇敢と無謀は違うし少しばかり魔法が得意な程度のはぐれ魔法使いが、世界を破滅の寸前まで追い込んだ連中に狙われてる人間から逃げ出すことは仕方ないことだと近右衛門は思う。

ならば隠せばいいではないかと考えなくもないが、確かな信頼関係を築くには最初が肝心であり出来るだけ噂や隠し事をするべきではない。

まして横島は勘がよく遅かれ早かれ明日菜に秘密があることに気付くだろうし、もしかするとすでに何かしらの秘密がある程度には気付いているかもしれない。


「あまり博打は好きじゃないんじゃがのう」

横島を巻き込むならば最初から明日菜に関しては出来るだけ真実を伝えるべきかもしれないと、この時近右衛門は直感的に感じる。

信頼は失うのは一瞬だが得るには途方もない苦労が必要だ。

そして今も成長を続け幸せそうな木乃香や明日菜には横島は必要な人間だった。

横島に二人を守ってほしいとまでは望まないが、願わくば逃げないで一緒に支えて乗り越えて欲しい。

その為には小手先の利益や甘い言葉ではなく、本当の意味で近右衛門自身から先に横島を信頼する必要があると考えていく。

仮に秘密を明かした後に横島が逃げるようなことがあれば追っ手を差し向けてでも記憶を消さねばならないなどリスクも高いが、中途半端にするリスクよりはよほどマシではないかと考えを巡らせていた。

結局近右衛門はその後も約束の時間まで一人で考え混むことになる。


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