平和な日常~冬~

その日の午後木乃香達はまだ学校であったが、穂乃香は鶴子と共に一足先にマホラカフェへと向かっていた。

本来ならば横島よりも優先すべき挨拶回りがあったのだが、刀子の話から急遽予定を変更している。


「……この店は確か」

商店街とは言えないほど店や民家が入り混じった裏通りに横島の店はあった。

大通りから裏通りに一本入った道の交差点の角地にあるそこは、まるで違う時代にタイムアップしたような景色である。

麻帆良でも現存する建物は決して多くはない三階建てで煉瓦造りのその店だが、ガレージには建物に妙にマッチした赤いコブラが止まっていた。

趣のある入口のドアには真新しいクリスマスリースが飾られていて、そこが現代なのだと改めて認識する。


「いらっしゃいませ」

穂乃香が少し重厚な入口のドアを開けると来客を知らせる鈴の音が響き、カウンター席に座っていた横島が振り向き声をかけた。

そこは紛れもなく昔の麻帆良をそのまま残したような、懐かしい洋風建築の店内だった。


「ブレンドコーヒーをお願いします」

店内はまだ学生が居ないだけに大人の客だけで、本当に物静かな雰囲気である。

まだタマモでも居れば違ったのだろうが、あいにくとタマモは散歩に行っていて不在なため余計に静かな印象があった。

穂乃香と鶴子はカウンター席に座り飲み物を頼むと、何も言わぬまま横島がコーヒーを入れる姿をじっと見つめていた。


(見られてるな~)

一方の横島は自分の視線を隠そうともしない穂乃香と鶴子を気にしないそぶりをしつつコーヒーを入れていく。

まあ特に悪意ある視線ではないので隠す必要もないのだろうが、横島は単純にこの手の無言の間が苦手なのである。


「貴方には声にはならない声が聞こえてるみたいね」

カウンター席にコーヒーのいい香りが匂う頃、穂乃香はようやく口を開くがそれは横島も予期せぬ一言だった。

それは受け取り方によっては単純に横島を褒めただけとも受け取れるが、世界樹を始めとする万物に宿る意思を感じることが出来る穂乃香が言うとその意味はまるで変わってしまう。


「はじめまして、近衛さん。 夏にはたくさんの京野菜をありがとうございました」

そんな穂乃香の意味ありげな呟きに答えるように、横島は挨拶と夏に送って貰った京野菜のお礼を告げるとようやく空気が和らいでいく。


(正しくあの人の娘で木乃香ちゃんの母って感じだな)

基本的に横島は年上の出来る女には苦手意識がある。

それは高校時代の濃い人間関係の賜物のようなモノだったが、穂乃香にはかつて感じた母である百合子や美神美智恵のような圧倒的な強さの片鱗を感じた。

尤もあそこまで性格がきつくはないようではあったが。

近右衛門から感じる重厚さと木乃香から感じる無邪気さを合わせたような印象か。


(百聞は一見にしかずってとこかしらね)

一方の穂乃香は横島の印象に何処か安堵した様子であり、同時に会いに来てよかったとも思う。

一言で言えば横島は直接会わなければ理解できないタイプであり、横島の事前評価などあまりアテにならないものだった。

そして先程刀子が会えば分かると言った意味が分かった気がする。


82/100ページ
スキ