平和な日常~冬~

その後一通り話し合いが終わるとさっそく一緒にスイーツを作ってみようということになるが、ここで横島が奇妙なことを言って新堂側のスタッフ達を驚かせる。


「バタークリームのって、あのバタークリームですか?」

「そうっすよ。 ダメですか?」

まずは基本としてショートケーキを作ってみようとなったのだが、何を考えたのか横島がバタークリームを使いたいと言い出したのだ。

バタークリームのケーキは一昔前には割とポピュラーな物だったが、現代ではなかなか見ることはなく木乃香はバタークリームそのものを知らないらしい。

流石に新堂やスタッフ達は知っているようだが、正直彼女達もさほど作った経験がないほどの物である。


「なるほど、味の記憶ね」

プロのパティシエとしてスタッフ達は本物のバタークリームのケーキが決してマズイとは思わないが、現実的に人気がないのが確かなのだ。

新堂の店でもバタークリームのケーキは売ったことはないし、考えもしなかった物である。

ただ新堂だけは横島の意図を瞬時に見抜いたらしく、その意味を真っ先に理解していた。


「俺も悪い頭使っていろいろ考えたんですけど、目新しい物が溢れてる時代っすからね」

木乃香の要望を以前から聞いていた横島は、ずっと何を作るべきか悩んでいたのだ。

木乃香と共に日本には馴染みのないヨーロッパのケーキを作ってもみたが、どうもしっくりとこない。

結局横島がたどり着いたのは人々の思い出の味であった。

それは横島自身が過去を懐かしむ時間が多い故に得た答えなのだろう。

いくら目新しく美味しい物を作っても中高年の心には響かないと思ったのである。


「一度作ってみましょう。 正直、私もほとんど経験ないけど」

淡々と説明する横島の話を聞いた新堂は、経験がないからと少し困ったように笑うが一度作ってみようと告げる。

一方のスタッフ達は改めて横島という存在を興味深げに見つめていた。

そもそもの問題としてバタークリームのケーキはイメージが悪い。

一昔前に売られていたバタークリームケーキの大半が本物のバターではなくマーガリンなどの代用品を使っていたことが廃れた一因だとも言うが、時間と共に大衆に受け入れられなくなった物であることに変わりはない。

晴れ舞台での共演の第一歩としてそんなケーキを作ろうと言い出す横島は、やはり非凡な存在なのだろうと感じる。

尤も新堂のスタッフ達は天才肌の新堂に付き合ってるだけに、この程度では驚きはしても動揺などしないが。


「ここに居る皆さんはまだ若いんで、昔を懐かしむ中高年の気持ちはあんまり理解出来ないんでしょうね」

結局言い出しっぺの横島が主導してバタークリームケーキを作り始める一同だったが、途中ぽつりと漏らした横島の言葉にスタッフ達は貴方の方が若いだろうがと心で突っ込むことになる。

ただ木乃香だけは時々妙に達観したというか年齢にそぐわなくなる横島を知るだけに、またかと思った程度で驚きもしてなかったが。



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