平和な日常~秋~3

翌日の月曜だが横島の店では木乃香が料理大会の予選で作った和栗のショートケーキが土曜で販売終了した影響で、来客数が少しだけ落ち着いていた。

料理大会以降およそ一月の間ずっと人気のケーキだったが、やはり生の和栗が手に入らなくなると予定通り販売を終了している。

このケーキは老若男女問わず幅広く人気だったのが特徴であり一部の客からは木乃香の新作のケーキはないのかとの声もあるが、料理は修業中であるし基本的には学業優先という理由で今のところ新作の予定はないと横島が説明していた。

店の客や中等部の子達の中には木乃香に直接聞く者もいるが、木乃香もこの件に関しては自分にはオリジナルの新作はまだ早いからと断っている。

そもそも木乃香は本格的なパティシエになるつもりは今のところなく、どちらかといえば横島のように自由に料理するのが好きなのだ。

少し前に横島や夕映達を含めたみんなで話し合った結果、当面は新作を出すようなことはしないと事前に決めていた。

横島も木乃香も期待してくれるお客さんには悪いとは思うが、現在の木乃香の評価は明らかに実力よりも高くそれは木乃香の為にはならない。

来月の学園主催のパーティーは仕方ないとしても、後は料理修業と学業を理由にオリジナルスイーツを売るつもりはないのだ。

まあ実際木乃香はまだ中学生であり、横島の店が開店して半年近くしか修業してないからと説明すれば大抵の人は納得してくれる。

現状で無理にパティシエになることを否定するつもりもないが、過剰な評価などが落ち着くまでは静かにしてるのが一番だろうというのが現状だった。



「今日はスイートポテトですか」

「これはタマモが配るお土産用っすよ」

そんな月曜の横島は相変わらず開店前の仕込みから伸二に料理を教えているが、この日はタマモのお土産用のスイートポテトを朝から作っている。

前日おばあちゃんの家から大量購入したさつまいもで作ったのだが、これはおばあちゃんが少し前に収穫してから貯蔵していた物でそろそろ出荷しようとしていた物なので食べ頃だった。

タマモはお出かけした後はお土産を配るんだと昨日の夜楽しみにしており、横島はそれに合わせてタマモと一緒にスイートポテトを作っているのだ。


「お土産にしては量が……」

「みんなよろこんでくれるんだよ!」

それはお土産の量ではないだろうと常識人の伸二は思うが、嬉しそうに話すタマモの姿に言い出せなかった。

実際伸二が店で修業してからもタマモは散歩に出かければ物を貰って帰って来ることが多いし、常連の人達からもお土産なんかを貰ったりしている。

伸二からすればみんなに可愛がられてるなとしか思わなかったが、まさか大量のお土産を配るとは思わなかったらしい。


(喜んでくれるか……)

横島の店に来て一週間を過ぎた伸二だが、本当に嬉しそうに料理を手伝うタマモの姿に改めて驚いていた。

この一週間ほどの間にも伸二は楽しそうに料理する横島や木乃香やタマモを毎日見て来ている。

ただその姿に驚きというか、気付かされたのは今回が始めてだった。

昨日のおばあちゃんもそうだったが、本当に食べる人を想って料理しているのだとこの時初めて気付く。

そしてこんな笑顔で渡されたら、貰った方もそれは嬉しいだろうと伸二は心から思う。


(僕は何を見てたんだか)

食べる人を考え料理するという当然のことすら一週間も気付かなかった自分に、伸二は深いため息しか出なかった。

自分がいかに周りが見えてなかったかを再認識した伸二は、タマモの笑顔や昨日のおばあちゃんの笑顔を忘れてはならないと心に決めてこれからの修業に励むことになる。



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