平和な日常~秋~2

その夜の木乃香と明日菜はタマモから貰ったろうそくの明かりで停電の時間を過ごしていた。

今日はバイトだった木乃香と基本的に不器用な明日菜はろうそくを作らなかったため、タマモが二人に使って欲しいとあげたのだ。

ちょっとした空気の流れで揺れる炎の中で、明日菜は横島の山かけリストを見ており木乃香は今日作ったビーフシチューのレシピをノートに記していく。


「そのノートも結構埋まったわね」

木乃香がノートにレシピを残していたのは、横島が店を開いた当初からだった。

開店当初からの唯一の正式なアルバイトだった木乃香は、仕事を早く覚えようと調理法やレシピをメモ帳に書いて覚えて後でノートに纏めていたのである。

明日菜はページを重ねていくノートを半年以上見続けて来たが、改めて書かれたページの数の多さを見ると感慨深いモノを感じてしまう。


「横島さんほんまは繊細な人やから」

「確かに勉強の教え方も丁寧で上手いのよね」

明日菜の言葉に木乃香はぱらぱらとページをめくり、レシピや調理法の数々を見るが全く統一感がない。

しかし木乃香に教える時は木乃香に合わせて細かく丁寧に教えていることを、木乃香自身はよく理解している。

明日菜の勉強もそうだが、人に教えるのに向いてることは割と常連ならば知ってる事実だ。


「最近じゃ木乃香もプロのパティシエ扱いだもんね」

「ウチはまだまだ未熟や」

横島の影響でそれぞれに伸びてる分野はあるが、木乃香の料理に関してはやはり過大評価になりがちだった。

特にプロのパティシエや料理人と名乗るには基本的な技術や知識がまだまだ足りない。

ただ木乃香が年齢の割には技術も高く感性も磨かれてるのは確かであり、もし超鈴音が居なければ木乃香は天才料理人と呼ばれていただろう。

そういう意味では天才超鈴音やパティシエ界のクイーンと異名を取る新堂の存在は、木乃香にとって非常に大きいようである。


「ウチは別に料理人になりたい訳やないけど、横島さんの料理はもっと知りたいって思うんよ」

この数ヶ月の記録を見ていく木乃香は、その先にあるモノを求め始めていた。

将来なんて考えられない年頃だが、身近にいるからこそ木乃香は横島の凄さを一番理解している。

そして自分は横島にどこまで近付けるのか知りたいとも思うらしい。


「技術や知識は受け継がれるべきモノね」

ノートを見つめ希望に燃える木乃香に明日菜は確かな成長を感じるが、ふと以前横島がこぼしていた言葉を思い出す。

木乃香達にしろ雪広グループにしろ横島は割とレシピを簡単に教えるが、明日菜は以前何故そう簡単に教えるのか聞いた時に、横島が技術や知識は受け継がれていくべきだと言ったのを鮮明に覚えているのだ。

横島はいったい誰からあの料理を受け継いだのだろうと考えると、明日菜と木乃香はいつの日かその人物に会ってみたいと思ってしまう。

いつの日か横島から過去を話してくれる日を楽しみにしながら、二人は停電の夜を過ごしていく。



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