平和な日常~秋~2

同じ頃、京都にある関西呪術協会総本山に近右衛門と高畑が到着していた。

京都の山に広大な敷地を有する関西呪術協会総本山には、近右衛門の実家でもある裏の近衛本家がある。


「近右衛門様、お久しゅうございます」

「鶴子君も元気そうでなによりじゃな」

総本山の荘厳な門を抜けると、そこには出迎えの人々が近右衛門達を待っていた。

出迎えは総本山で働く巫女や神主達だったが、一人違う雰囲気を醸し出していたのは神鳴流の青山鶴子である。

彼女は神鳴流宗家の青山家の人間であり結婚を機に引退していたので公式には役職がないが、現在でも神鳴流屈指の腕前であり立場も手頃なため近右衛門の出迎え役になったらしい。


「ここは変わらんのう。 出来れば先に墓参りに行きたいんじゃが……」

「心得ております」

そこは近右衛門にとって今は亡き両親や兄との思い出の詰まった土地だった。

近右衛門自身は十代半ばで麻帆良に行くことになったが、別に近右衛門が関西呪術協会を裏切った訳ではないので、麻帆良に行ってからも年に一度は帰省している。

従って近右衛門の帰省は正月以来だったが、混迷する情勢の中で来年の正月は来れるか分からないので墓参りに行きたいらしい。


「兄上が亡くなってもう十年じゃな。 ワシは今だに兄上との約束を果たせてはおらん」

以前にも説明したが近右衛門の兄は先代の関西呪術協会の長であり、近右衛門は兄の引退を機に近衛家の家督を継いだ。

本来ならば近衛家の家督は関西呪術協会の長が継ぐはずだったのだが、二つに分かれた魔法組織の統合の為に近右衛門が継いでいる。

近右衛門にとって魔法協会の統合は兄との約束でもあった。

両親や兄の墓を前に近右衛門は自分の無力さを歎き、残りの人生で約束を守る決意を心に決める。


「向こうが騒がしいようやけど、また戦が始まるんやろか?」

「それはワシにも分からん。 だがこの国の者達を巻き込むことだけは絶対にさせん」

秋の少し冷たい風が吹き抜ける中、鶴子は徐に不安を口にした。

魔法世界を混乱におとしめた組織が復活したかもしれない。

その情報に関西の者の間には不安もあるのだろう。

麻帆良と違い直接狙われただけに、危機感はこちらの方が高いようである。
近右衛門は墓に手を合わせて祈りつつも鶴子に対し、この国を巻き込むことは絶対にさせないと強い口調で言い切った。

実際のところ関西の人間が気にしてるのはどちらかと言えばメガロ側の勢力であり、魔法世界の混乱に乗じてメガロが京都に武力進攻するのではと不安が広がってるらしい。

関西がフェイトに狙われた本当の理由は最高幹部クラスしか知らないので、それ以下の者は理由が分からずに不安があるのだろう。


「今こそ東西が協力すべき時なんじゃよ。 ワシはその為に来たんじゃからのう」

墓参りを終えた近右衛門は、いつもと同じ飄々とした笑顔を見せるとゆっくりと歩き出す。

状況が必ずしもいいとは限らない現状だが、だからこそ近右衛門は今がチャンスかもしれないと密かに考えていた。


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