平和な日常~秋~2

「よそ者にそんなこと言っていいんですか?」

木乃香達の力になってやってほしいと頭まで下げた詠春に横島は静かに口を開いた。

昼間とは違い滅多に他人に見せないほど落ち着いた表情の横島の言葉に、詠春は何故かクスッと笑ってしまうと少し昔の話を始める。


「よそ者ですか…… 昔ね、君のようにフラリと麻帆良にやって来たよそ者が居たんですよ。 私がそいつと初めて会った時、そいつはまだ十才の子供でした」

程よく塩の効いたやきとりを食べジョッキのビールを飲み干すと、詠春は少し笑いながらその話を続けていく。


「世間知らずというか常識がすっぽりと抜け落ちてるような奴でね。 いろいろと問題を起こしては怒られてましたよ。 でも悪い奴ではなかった」

懐かしそうに詠春が語る相手が誰なのか、横島はすぐに見当がついていた。

正直横島としては狙っていた訳ではないが、詠春に聞きたかったことの一つでもある。


「縁あって私はその人物と旅に出ることになりましたが、誰一人として彼が英雄と呼ばれる未来など想像もしてませんでしたよ」

昔を懐かしむように笑いながらその話をする詠春は、ほんの僅かだが寂しそうであり悲しそうだった。

共に戦い未来を守った仲間達と、こうして一緒に酒を飲むことも出来ない現実には詠春にとって言葉に出来ないモノがあるのだろう。

そして願わくば横島と木乃香はいつの日か、共に過去を懐かしめる日が来てほしいと願ったのかもしれない。


「横島君、人の縁とは分からないモノですよ。 少なくとも木乃香達にとって貴方は必要な人だ。 無理に何かをして欲しい訳ではないが、もし力になれることがあれば少しでいいから手を貸してあげて欲しいだけです」

「いいですよ。 俺で良ければ」

結局横島は詠春の言葉に頷き快諾した。

元々答えは決まっていたが、少し詠春の真意を詠春の言葉で聞きたかっただけなのだ。

正直詠春も散々悩んだのは横島も感じている。

アルやエヴァが横島のことでからかったこともあるし、何より詠春は横島には普通の人とは違う何かがある気もしていた。

ただ最終的に詠春が信じたのは、娘の幸せそうな様子と成長した姿である。

先のことなど分からないが、だからこそ木乃香の現実を守ってやりたいのだろう。


「人の縁は分からないモノか」

その後横島と詠春は二時間ほど酒を飲み別れたが、横島は夜の街を歩きながら詠春が言っていた言葉を思い出していた。

人の縁が分からないのは横島も同様だが、実のところ横島は人の縁の意味まで知りたいとは思ってない。

もしかするとアシュタロスの残した遺産にはその手の真実があるかもしれないが、人として生きる以上はそこまで知りたいとは思わないのだ。


しかし横島は木乃香達と出会ったことが、ただの偶然ではないかもしれないと最近思う時がある。

まあ出会いに意味があろうとなかろうと、横島は自分の好きなように生きるだけだが。


「タマモとさよちゃんに土産買って帰るか」

冷たい風が吹き抜ける夜の街を歩く横島だったが、ふとお土産がないことに気付き近くの居酒屋でやきとりでも買って帰ることにしていた。


54/100ページ
スキ