平和な日常~秋~2

「すまないね。 こんな時間に突然誘ってしまって」

「いや~、構いませんよ。 今日は早く店仕舞いして暇だったんで」

少女達と一緒に夕食を食べて楽しいひと時を過ごした横島だったが、夜の九時を過ぎた頃に突然詠春から連絡があり少し付き合ってほしいと誘われて麻帆良市内にある小さな居酒屋の個室に来ていた。

詠春が麻帆良に来て以来木乃香の料理大会などでよく顔を合わせていた二人だが、二人だけで会うのは当然初めてである。

とりあえずやきとりとビールで乾杯して飲み始めるが、なんとも言えない空気が個室内を支配していた。

特に重苦しいとか警戒しれてる感じはないが、少し話しにくそうな様子が詠春にはあった。

直接話したことも多くはないし、何より裏と表の狭間に居る横島に何をどこまで話していいか悩むようである。


「私は明日京都に戻ることになりますので、帰る前に一度ゆっくり会っておきたかったんです」

冷えたビールをぐいぐいっと喉を鳴らし半分ほど一気に飲むと、詠春は横島を誘った訳から話し始めた。

実は今日横島を誘うまで詠春は何人かの知り合いに横島について話を聞いており、その結果の行動らしい。


「突然木乃香がバイトを始めたいと言い出したと聞いた時、私は反対でした。 妻はしばらく様子を見ようと言いましたが、私はまだ子供だとばかり思ってましたから」

そのまま軽く相槌を打ちながら話を聞く横島に、詠春は淡々と語るように木乃香がアルバイトを始めた時の話を口にする。

中学生の娘が突然アルバイトを始めたいと言い出せば、親ならば心配して当たり前だろう。

まして箱入り娘のように育った木乃香なだけに、その心配は並以上だったのかもしれない。


「お義父さんや木乃香から貴方の話は何度か聞きましたが。 正直会うのを楽しみにしていた反面で怖くもありましたよ」

横島から見ても木乃香は店で働き始めてから変わったと感じるのだから、両親はもっと変わったと感じるのだろう。

一人娘の急激な成長に、両親が不安や恐怖を抱くのは仕方ないことである。


「愚痴のようなことを言って済まなかったね。 本題に入りましょうか。 出来ればこれからもあの子達の力になってやって下さい」

少し困ったような寂しいような表情を浮かべた詠春は、横島に対し複雑な心境を隠そうとはしなかった。

それは言えないこともあるのだろうが、出来るだけ本音で語りたいとのまっすぐな詠春の性格が現れている。

正直不安なのだろう。

世界が再び動き出した中で木乃香や明日菜にもいつ危険が迫るか分からない。

無論近右衛門や刀子達護衛を信頼しない訳ではないが、考えられないようなことが起こるのは二十年前に嫌というほど経験している。

藁をも掴む思いなのだろうが、一つでも多く最善を尽くしたいのだと横島は痛いほど感じていた。



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