平和な日常~秋~2

いよいよ木乃香の試食と審査に入るが、会場は試食の瞬間になると驚くほど静まり返る。

現時点のトップは81点であり、木乃香が決勝に残るならばその点数を越えなければ難しいだろう。

そんな木乃香のロールケーキは、やはりリンゴのロールケーキだった。

ここで特徴なのはリンゴはクリームではなくスポンジ生地に入ってることか。

加えて皿に盛り付けられたロールケーキには、リンゴの皮をを用いて作ったリンゴソースが添えられている。

スポンジ生地とクリームの割合もスポンジ生地の方が多くロールケーキ自体は少し地味であり、盛り付けの見た目はフレンチのデザートに近い。


「やっぱり見た目は地味よね」

「盛り付けの技術なんてほとんど教えてないからな。 見た目以外で勝負するしかないんだよ」

木乃香の前までのスイーツはやはり全体的に華やかであり、見た目の華麗さでは勝負にならなかった。

横島の周囲に集まった明日菜を始め2-Aの少女達もその点に気付いており、心配そうに見つめている。


「近衛さんは予選のスイーツとは印象が全く違いますね。 どちらかと言えば貴女の師匠の味にとても近い」

試食が進む中で予選でも木乃香にコメントした審査委員長が口を開くが、その言葉に横島に周囲の視線が集まってしまう。


「素材を生かすという意味では今までのスイーツより確実に上でしょう。 紅茶の入れ方も素晴らしいしスイーツとのバランスもいい。 ただここまでの味だと、やはり見た目の華やかさが欠けてるのが気になりますね。 個人的にはもう少し新しい挑戦をして欲しかったです」

予選では点数が発表された後のコメントだったからよかったが、準決勝からは点数の発表は最後になっている。

審査委員長の評価は上々だったが、それでもやはり見た目がマイナスだと言われると会場には微妙な空気が流れた。


「あの人、無茶苦茶いうな。 喫茶店でバイト始めて半年の中学生に求めるレベルじゃないだろうが」

「横島さんもあまり見た目の盛り付けにはこだわりませんからね」

審査員が木乃香の経歴をどれだけ知ってるか横島は知らないが、求めるレベルの高さには唖然としてしまう。

そしてそれは夕映や明日菜などとの、木乃香の日常を知る者としては同意見だった。

元々横島もスイーツの見た目はさほど凝ってはなく、一般的なレベルを越えた物は販売してない。


「それを言うならバイトを始めて半年の中学生が、準決勝に出る方が有り得ないことネ」

ただそんな横島達の意見に超が冷静にツッコムが、会場ではいよいよ点数の発表が行われようとしていた。


「では点数を発表します。 中等部2年A組近衛木乃香さんの点数は……、八十九点です! 現時点での暫定一位にランクインしました。 この結果近衛さんの決勝進出が決定しました!」

その瞬間、会場は大きな歓声に包まれ木乃香は信じられないのか少し呆然としている。

その後司会進行の者から審査員全体が評価したポイントが幾つか発表されるが、予選を越える高得点の要因はリンゴの皮から作ったソースだった。

その味も当然評価されたが、審査員が驚いたのはリンゴの芯を除いた材料を全て使い切ったことである。

他の選手はイチゴを使った新堂を除くと、皮や芯だけではなく味が落ちる実の部分も捨てた者がいたことも木乃香の評価に繋がった。

無論食材を使い切ることは基本的には評価の対象外だが、同レベルかそれ以上の味を出した上で食材を使いきった木乃香が評価されたのは、ある意味試食が後半だった予選の順位のおかげとも言える。

これが審査の最初の方だったならば、また点数が変わっていただろう。


そしてそれは日頃から横島が、よくやっていたことそのものであった。

極力捨てる食材を減らすように日頃から料理する横島のやり方を、木乃香はこの場所でもそのまま実行したに過ぎない。

結果木乃香は見た目の欠点を補う評価を受けたのであった。


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