平和な日常~秋~

そして二時間の調理時間を十分ほど余らせて、木乃香のスイーツは完成することになる。

審査員の二十五名の試食と写真撮り用で計二十六名分のスイーツを作るのは思ってた以上に難しい。

実際に慣れない調理器具を使って失敗した者や限られた時間に間に合わなかった者も結構いた。

その点木乃香は春からの店での経験や麻帆良祭での経験が大いに役立っている。

ちなみに調理時間の二時間は当然後片付けを含めた時間であり、木乃香の使った調理台は来た時と同じく綺麗に片付けられていた。

参加者の中にはあまり気にしない者も居るが、実際にこの後片付けのポイントも結構高く設定されている。



「次はエントリーナンバー027、女子中等部二年A組近衛木乃香さんです」

いよいよ審査会場に木乃香がやって来ると、先程から会場を訪れていた2-Aの少女達が応援の声を上げた。

特にチアリーディング部の美砂達三人は場違いなほど元気に応援するが、木乃香は素直に嬉しそうに手を振って返す。


「ウチのスイーツは和栗のショートケーキです。 最初に緑茶を一口飲んでから食べて下さい」

会場が久しぶりに賑やかになり会場全体の空気が少し和らいだ中で木乃香は審査員に料理名を告げて挨拶する。

ちなみに飲み物に関しては口直し用であり評価の対象外になっているが、各自で用意することも可能なルールだった。

当然上位入賞者は自分のスイーツに合わせた飲み物を用意して来る。


「緑茶ですか?」

審査が始まると流石の2-Aの少女達も静まり返るが、その疑問に気付いたのは千鶴だった。


「ああ、緑茶が切り札の一つだからな」

最終的に洋菓子のショートケーキを選んだ木乃香が何故緑茶を飲み物に出したのかと千鶴は疑問を感じたらしいが、横島は意味ありげな表情で緑茶が切り札の一つだと言い切る。


「この二週間いろいろ教えて来たけどさ、木乃香ちゃんの味覚の基礎はやっぱり和なんだよ。 それを最大限に引き出し強調するのが緑茶なんだわ」

千鶴や周りの少女達や詠春すらも横島に注目する中、横島は自信ありげに緑茶を選んだ理由を語っていく。

確かに飲み物単体は評価されないが、飲み物との相乗効果は否定出来るはずもない。

そもそも木乃香が一緒に出した緑茶は横島が木乃香のスイーツ用にブレンドしたオリジナルである。



「ほう……」

「これは……」

さて肝心の審査の方はと言うと木乃香の言葉通りに緑茶から口を付ける審査員だったが、特別審査員と一部の審査員の表情が少し変化した。

誰も明確な言葉こそ出さないが、甘いスイーツの審査を続けていた審査員達の舌や胃を落ち着かせ一休みさせるような優しいお茶だったのだ。

それが木乃香の優しさであると同時に料理の実力なのだとアピールするには絶好の一杯である。

実際横島の店で半年以上飲み物を入れて来た木乃香の実力は決して低くはない。

それどころか飲み物に限定した実力ならば、おそらく木乃香はトップクラスであろう。



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