平和な日常~秋~

予想以上に緊張感を感じる木乃香だったが、その瞬間にふと今朝タマモから貰ったお守りが揺れた気がした。

実は今朝ここに来る前に木乃香はタマモからお守りを貰っている。

そのお守りは折り紙で折られた手作りのお守りだったが、何故かポケットの中で揺れた気がした。


「タマちゃんのお守りが……?」

お守りを取り出し少し不思議そうに見つめる木乃香だが、お守りは普通の折り紙であり動く気配はない。

実際タマモがあげた折り紙は表面に頑張ってとたどたどしい字が書かれてはいるが、何の変哲もない普通の折り紙である。

ただお守りにはタマモの想いが詰まっていることは確かであり、ほんの僅かだが無意識のうちにタマモの妖力が込められていたことは木乃香が知るはずもないことだった。


「ありがとうタマちゃん」

タマモがお守りを見つめる木乃香は、一瞬タマモの想いが見えた気がする。

それが偶然なのかタマモの力の影響なのかは貞かではないが、木乃香の緊張感を和らげたのは確かだった。

ピリピリするような緊張感が漂う調理実習室の中で、緊張感から解放された木乃香は不思議なほど落ち着いていく。

そのまま深呼吸をした木乃香はいよいよスイーツを作り始めるが、この僅かな心境の変化が勝敗を左右することに気付いてはいなかった。



一方審査会場である講堂で木乃香を待つ横島達は詠春と偶然遭遇し一緒に待つことになる。

審査会場では料理やスイーツが完成した者から審査を始めているが、無作為に選ばれた一般審査員二十名と調理科の教師や著名な料理人などの特別審査員五名による審査が行わているが、評価はかなり厳しい様子だった。


「木乃香は大丈夫でしょうかね」

そんな予想以上に厳しい評価が下される参加者達を見ている詠春は、思わず娘のことが心配になったらしく不安を口にする。

何と言うかこの会場の空気は体育祭とは別格の緊張感があり、それは詠春が考えていた以上に厳しい状況であり不安になるのも無理はない。


「だいじょうぶだよ。 いっぱいれんしゅうしたんだもん」

不安を口にした詠春をすかさず励ましたのはやはりタマモだが、流石の詠春も幼いタマモに励まされた自分に何とも言えないまま笑顔を作るしかできなかった。


(どうやら緊張は解けたみたいだな)

そして横島だが、なんと千里眼でこっそりと木乃香の様子を覗いていた。

箱入り娘として育った木乃香が、始めて本格的な競争というか勝負に挑むことになることを横島は少し心配していたのだ。

このような大会では誰しも緊張はするし、横島でさえもかつてはミニ四駆大会では結構緊張したのである。

横島が一番心配していたのは木乃香が冷静に練習通りに出来るかだった。


(タマモのお守りに助けられたか。 それにしても見てるだけってのも楽じゃないな)

木乃香の勝負の分かれ目は冷静になれるかなのだが、そんな木乃香を救ったのは昨夜タマモが一生懸命作っていたお守りなのだから横島は木乃香の運の良さを改めて感じる。

そして横島自身見ているだけしか出来ない状況に少し歯痒さを感じてならなかった。

正直言えば木乃香の緊張をほぐす為に力を貸すことも横島には簡単だが、それでは今まで木乃香が頑張って来たことに泥を塗るようなモノになるかもしれないと考えると出来るはずがない。


(俺のGS試験の時の美神さんや小竜姫様もこんな気持ちだったのかな?)

時が過ぎ立場が変わったからこそ分かることもある。

奇しくも木乃香に教える立場になった横島はかつての令子や小竜姫がどんな気持ちだったのかと考えると、過去の自分の行動にため息をつきたくなる気分だった。



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