平和な日常~秋~

さて体育祭も間近に迫った次の日だが、午前中は授業があるため木乃香達は当然授業を受けている。

そして同じ頃詠春は関東魔法協会幹部や要人と相次ぎ会談しており、挨拶と今後の協力をお願いしていく。

本来詠春が麻帆良に来た訳はこの根回しの為であり、体育祭が終了後には近右衛門が逆に関西を訪問する手筈になっていた。

実際関東も関西も主要な幹部はほとんどが近衛家に協力的で東西の協力にも賛成ではあったが、長い年月対立していた組織の協力はそれほど簡単ではない。

話し合い以前に近右衛門も詠春も互いに自ら頭を下げて歩くのは必要不可欠であった。

協力体制が大きくなればなるほど末端の魔法関係者同士の協力が必要になるし、何よりトップ自ら相手と顔を会わせるのは決して無駄ではない。

特に魔法世界で英雄の一人として名高い詠春は、高畑の働きもあり関東での評価も高くその実直な人柄ゆえ信頼もされている。

今回詠春は幹部クラスから始まり中堅の魔法関係者にまで挨拶に回っており、万が一にも情報漏れや争いが起きないように細心の注意を払っていた。


「まさか長の方から挨拶に来られるとは…… 本来ならば私から挨拶に出向かねばなりませんのに……」

そのまま年上の相手は立てながら年下の相手には気さくに挨拶をしていく詠春だが、挨拶に来られて困惑する者も居る。

どうやら刀子もその一人であり、わざわざ中等部にまで挨拶に来た詠春に恐縮して戸惑ってしまう。


「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。 木乃香と刹那の件ではこちらが世話になってますから」

神鳴流宗家である青山家の出身にて近衛家に養子に入った詠春と刀子では、身分というか立場が全く違っていた。

ただ基本的に神鳴流は身分のような上下関係はあまり厳しくなく、流派そのものが家族のようなものだった。

しかしそれでも宗家と末端の違いは当然あり、刀子が物心ついた時には英雄だった詠春と刀子の関わりは多くはない。


「すでに聞いているでしょうが、フェイトアーウェルンクスの狙いは関西でした。 今後は東西の協力が始まるでしょうが、葛葉さんには是非とも協力をお願いします。 末端の者はまだ互いにいい感情を持たぬ者も居ますので、私や貴女のような双方を知る者が率先せねば上手くいかないでしょう」

中等部の応接室を借りて話を始めた刀子と詠春だが、詠春は刀子に東西の協力に力を貸して欲しいと頭を下げた。

実際東西の双方を知る者は関東にも関西にもさほど多くなく、刀子のような者は貴重な存在である。

無論刀子には政治的な力はないが、その生真面目な性格から関東の関係者の評価は高いのだ。

協力体制が始めから上手くいくとは詠春も近右衛門も思ってなく、刀子のような存在が双方を少しずつ繋いで欲しいとの願いがある。


「戦闘以外では私にもどこまで出来るかはわかりませんが、精一杯勤めさせて頂きます」

本音を言えばあまり面倒事が増えるのは勘弁して欲しい刀子だが、わざわざ出向いて来た詠春が頭を下げた以上断れるはずはなかった。

それに東西の協力が予想以上に難しいのは刀子もよく理解している。


「よろしく頼みます。 報酬の方はこちらからもいくらか出しますので」

最終的に刀子は詠春の要請を受けざるおえなかったが、その報酬も低くはなかった。

まあ刀子の場合は報酬を使う時間があるかが問題だが……。



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