平和な日常~秋~

「よう来たな婿殿」

「お義父さんもお元気そうでなによりです」

横島の店で少し世間話程度の話をした詠春は、その足で近右衛門の元を訪れていた。

今回詠春が麻帆良に来た本来の目的は、フェイト発見の情報確認と今後の対策を話し合うためである。

完全なる世界の恐ろしさをよく知る詠春は自ら関東との連携の為に動いていたのだ。


「アーウェルンクスは生きていましたか……」

「向こうもこっちも奴を知っている組織は半ばパニックじゃよ。 一部では創造主の復活も含めて考えておるからのう」

関東魔法協会が集めた最新資料に目を通す詠春だが、その表情は恐ろしいほど冷たかった。

詠春にとっては宿敵とも言える存在でもあるし、連中に殺された仲間もいる。

昔の詠春ならば真っ先に怒りを露にしていただろうが、長い組織での経験から最低限表情は出さなくはなっていた。


「向こうは自業自得とも言えますがね。 戦後アリカ女王を無実の罪で失脚させ、ナギを追い詰めたのは元老院ですから。 帝国も見てみぬふりをした。 もしも向こうの世界が一つに纏まっていたら……」

淡々とは語っているが隠しきれない怒りが近右衛門には見えている。

二十年前の大戦の当事者であり戦後の状況を遠く離れた関西から見ていた詠春は、その成り行きと結果に失望していた。

完全なる世界が生き残っていた事実は、魔法世界の連合や帝国もほどなくして情報を得ていたのだ。

しかし魔法世界の国々はその事実を隠蔽してしまった上、完全なる世界と戦っていたナギを指名手配することで余計にナギ達を追い詰めたのは他ならぬメガロメセンブリア元老院だった。

もしも戦後に世界が力を合わせていればと、詠春が思うのも無理はない。


(婿殿は甘いのう。 連合も帝国も一つに纏まれるならば纏まっておったじゃろう。 まして連合の上層部はこちら側に逃げておったしのう)

仲間を失いナギが現状のような状況になったことを後悔しつつも、詠春はどこかで世界が一つに纏まれた可能性があったと考えているが近右衛門はその可能性に否定的だった。

大戦末期メガロメセンブリアの特権階級の人々は、戦乱からの避難を理由に旧世界すなわち地球に来ていたのである。

始めは家族などを避難させ、最終的には元老院の上層部の半数が逃げ出していた。

はっきりいえば魔法世界の真実と創造主の正体を知る者達は戦争を収めるのを諦めていた。

地球側の魔法協会を支配して地球で生きていく計画まであったのを詠春は知らない。

メガロメセンブリアの上層部は幻とも言える魔法世界の人々との未来を考えるよりは、最終的には地球に戻る未来を考えていたのである。


(それにのう婿殿や。 人の心はそう簡単にはいかんのじゃよ)

大戦が終わると元老院上層部は密かに魔法世界に戻って来たが、英雄となったアリカ女王とナギを疎み即排除する道を選んでいた。

完全なる世界の壊滅の確認も不確実だったが、元老院は何よりアリカ女王とナギを恐れていたのだ。

結果的に彼等は魔法世界の未来よりも自分達の富と権力を守る道を選んでいる。



74/100ページ
スキ