平和な日常~秋~

体育祭まで残り三日となったこの日の麻帆良の街は、体育祭の準備で賑やかになっていた。

流石に麻帆良祭の賑わいには及ばないが、お祭り騒ぎが好きな麻帆良の人々からするとこれも一つのお祭りでしかない。

横島は今のところ知り合いの応援に回るつもりだが、体育祭は一般参加の種目も結構あり一般の麻帆良市民の参加者も結構多いようである。

加えて麻帆良祭や体育祭は生徒の両親も訪れる人が多いらしく、保護者限定の競技なんかもちらほらとあった。


「いらっしゃいませ」

朝の時間も過ぎて店が暇になる頃、横島はこの日もやって来たエヴァと囲碁をしていた。

隣ではタマモがニコニコと絵本を読んでいたが、新しい客が店に入ると横島と一緒に客を出迎える。


「偶然ですね。 ちょうどこの後挨拶に行こうと思ってたとこですよ」

「私に何か用か? ……近衛詠春」

横島達が出迎えた客はエヴァの姿を見ると少し驚いた様子を見せながらも、慣れた口調で挨拶したがどうやら彼が木乃香の父親である近衛詠春らしい。


「いえ、仕事で来たので挨拶に行こうと思っていただけですよ」

「ほう、ジジイに自慢されて娘の晴れ姿を見に来た訳ではないのだな?」

「……本命は仕事です」

相変わらず偉そうというか上から話すエヴァだが、詠春もまた当然のようにエヴァには敬意を払うような様子である。

麻帆良に来た目的は本人いわく仕事らしいが、エヴァに突っ込まれると微妙に表情が変わったので本命は娘の晴れ姿を見に来たようだ。


「始めまして、木乃香の父で詠春です。 木乃香がいろいろお世話になっているようで、ありがとうございます」

エヴァとの会話が一段落すると詠春は今度は横島に挨拶を始めるが、相変わらず腰が低い。


「いやいや、世話になってるのはこっちの方ですよ。 娘さんのおかげで助かってますから」

「そうだな。 どっちが世話になってるかと言えば、貴様の方が世話になってるな」

「いや、そこは強調しないでくれよ。 日本人的な挨拶なんだからさ~」

腰が低い詠春よりも横島は更に低姿勢で挨拶をするが、その姿が面白いのかエヴァがニヤリと意味ありげな笑顔でチャチャを入れる。

たまらず横島が突っ込むと詠春はにこやかな笑顔を見せているが、次の瞬間エヴァの爆弾発言で表情が凍りつく。


「気をつけた方がいいぞ、近衛詠春。 この男は女ったらしだからな」

「悪質なデマ流すなよ!!」

勝ち誇った表情で突然妙なことを言い放つエヴァに、詠春は固まり横島は慌ててしまう。

面白そうにクックックと笑うエヴァの姿に詠春は横島を若干疑うように見つめるが、横島は詠春の表情から冗談ではないと悟りすぐに本気で否定する。


「お義父さんが面白い人だと言ってましたが、確かにその通りかも知れませんね。 貴女がこれほど他人と話す姿は久しぶりですよ」

慌てながらも本気で否定する横島に詠春は少しクスッと笑うと、エヴァに視線を戻しどこか懐かしそうに言葉をかけた。

正直横島と木乃香の関係が気にならない訳ではないが、それと同じくらい普通に会話をするエヴァにも驚きを感じている。

詠春は麻帆良に来た際にはエヴァに挨拶に行っていたが、今まで歓迎されたことは一度も無かった。

親友であるナギの行動により永遠に麻帆良で学生をしなければならないエヴァには、詠春も申し訳ないと感じつつなんとか呪いを解くべく方法を探したが解決策は今だに見つかってない。

そんなエヴァが割と楽しそうに横島をからかう姿は、詠春にとっては衝撃的なことだった。



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