平和な日常~秋~

そこは麻帆良から一時間ほど離れた都心に近いとある町の古びたアパートだった。

昭和の香りのするアパートの一室で、一人の男がノートパソコンと向き合っている。



《×月〇日・ターゲットは相変わらず普通に学生として生活している。 周囲には護衛らしき影はあるものの警備は厳重とはいえず。 放課後はバイト先の喫茶店で時間を過ごす……》

男が向き合うノートパソコンのモニターには報告書らしき文章が打ち込まれているが、途中まで打ち込むと男は深いため息をつく

どこか面白くなさそうな表情を浮かべる男は気晴らしにとテレビをつけるが、入っていたのは面白くもないバラエティーだった。


「何が悲しくてガキの一日を毎日報告書にしなきゃならねえんだよ」

誰に言う訳でもなく愚痴をこぼす男は、メガロメセンブリアより派遣された諜報員の一人である。

お世辞にも裕福とは言えない家庭に生まれながら幼い頃より天性の魔法の才能に恵まれた男は、いつか立派な魔法使いになりたいとの理想の為に努力し続けたのだ。


しかし男は立派な魔法使いにはなれなかった。

何度試験を受けても結果は不合格であり、そんな男が夢破れて入ったのが軍である。

立派な魔法使いにこそなれなかったが男には人並み以上の才能はあり、そんな男がたどり着いた先は諜報員だった。

当初は影とはいえ家族のため国のため世の中のために働けることに男は誇りも感じていたが、現在の仕事は魔法など全く知らぬ少女のストーカーなのだからため息が出るのも仕方ないだろう。


「国で教えてることなんていい加減なんだよなぁ」

つまらないテレビを消すと再びパソコンに向かい報告書を作成するが、男は最近自分の国に微かな疑問を感じていた。

それと言うのも男が生まれ育った国で教えていた情報と現実は違っている。

男の国では近衛近右衛門は事実上の独裁者であり麻帆良を私物化していると教えられたが、実際に麻帆良に来るとその情報が嘘なのを理解してしまう。

それにメガロメセンブリアの人々は立派な魔法使いの活動を世のため人々のためと信じているが、それが必ずしも世のため人々のためでないのは世界に出れば嫌でも理解せざる負えないのだ。


「理想と現実の違いか……」

世の中には本当に権力と無縁に世界に奉仕している魔法使いはいる。

別に立派な魔法使いの資格がなくともその気になれば、人を救い世の中の為に働けるのは少し考えれば誰にでもわかることなのだ。

ただメガロメセンブリア元老院に都合が悪い活動をすると、犯罪者と認定されてしまう可能性が高い。

諜報員なんて仕事をしていると、嫌でもそんな世界の裏側を知ってしまうのである。


「まあ、俺には関係ないか……」

かつての理想に燃えていた頃ならともかく、今の男には国や世界にも本音と建前があることは当然理解していた。

家族や友人を捨ててまで国を裏切り、世界の為に生きるなど考えられなかった。

結局男は与えられた仕事をただ熟すしかない日々である。



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