平和な日常~秋~

「いい材料使ってるし全体のバランスもいいな」

いよいよ昨年の優勝者のスイーツを味見する一同だが、その味は噂通り高いレベルの物だった。


「高いもんねー」

「麻帆良でも一番賑やかな世界樹前広場通りの一等地にあるし、私達のような中学生が買い食い出来る店じゃないもの」

味の素晴らしさはある意味当然だが、美砂と円は値段を見てきたので素直に喜べないらしい。


「どちらかと言えば横島さんの値段が安いのですよ。 そもそも値段設定は味に関係なくファーストフード並にするというのが開店前の考えでしたし」

美砂達は高いと感じた優勝者のスイーツだが、一般的に見ると高級店では普通の価格である。

夕映はそもそもの問題として横島の値段設定の問題を話して美砂達を驚かせていた。


「ファーストフード並って……」

「確かに値段だけは似たような物よね」

夕映の開店前の暴露話に、美砂と円は唖然とした様子で横島を見つめる。

別に間違ってないし安いのに越したことはないが、横島の腕前でファーストフードや町の大衆食堂並の値段を付ける人間は滅多にいないだろうと思う。

前々から変わった人なのは知っていたが、改めて同業者と比べると横島の変人っぷりが引き立つらしい。


「まあ俺のことは置いといて、問題はこの人に木乃香ちゃんが勝てるかってことだよな」

話が脱線しかけたことで横島は本題に戻すが、いつもは楽観的な横島もこの時の表情はさほど楽観的ではない。

はっきり言えば現時点での木乃香との経験の差は大きかった。

予選のように得意な物を作るのならば勝ち目は十分にあるが、準決勝以上のように作る物がわからない場合は勝ち目は高くはない。


「この人確か高校も調理科だった人でしょ? ほとんどプロみたいなものよね」

「麻帆良の大学生は在学中に事業をする人や店を持つ人もさほど珍しくないですからね。 プロと言えばプロですが出場資格が麻帆良学園の生徒ですから問題はないです」

優勝候補がすでに店を持つプロだという事実に、木乃香を含め少女達は微妙な空気になる。

ただ麻帆良学園では在学中に事業や商売を始める人は、さほど珍しくはなく時々いるのだ。

流石に中学生で店を始めたのは超鈴音が初であり注目を集めたが、大学生ともなると珍しい訳ではない。


「この人は根本的に俺や木乃香ちゃんと違うんだよなぁ」

「違うってなにが?」

「俺も木乃香ちゃんも料理で高みっていうか、トップを狙ってる訳じゃないからさ。 この人は多分向上心が強い本当のプロなんだよ」

少し悩む横島に木乃香達の視線は集まるが、横島が語ったのは料理以前の根本的な価値観の違いだった。

それは横島と木乃香の利点でもあるし欠点でもある。

元々料理が自身の技術や経験でない横島は本質的な何かが欠けているし、木乃香もまた良くも悪くも横島の色に染まっていた。

柔軟性という意味では高い横島と木乃香だが、本当のプロが持つような信念やプライドはない。

それが最終的にプラスに働くかマイナスに働くかは、横島にもわからないのである。


「まあ優勝するのに必要なレベルは分かったし、木乃香ちゃんは自分のペースでやればいいよ」

とりあえず優勝に必要なレベルが分かったのはプラスだった。

横島は木乃香にも十分優勝の可能性があるのを確認出来てホッとしていた。



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