平和な日常~秋~

「うわ~、本当にオーブンとか用意したんですね」

十月に入ったその日、横島の店の厨房には料理大会で使われるオーブンやガスコンロなどの調理器材が届いていた。

明日菜は正直そこまでしなくてもと言わんばかりに、微妙な表情で横島を見つめる。


「器材は全て雪広グループと那波グループの製品だったから、タダで借りられたんだよ。 やっぱりコネが一番楽だな」

さて器材を用意すると言っていた横島だが、細かい手配は例によって土偶羅に丸投げだった。

しかし製品が雪広と那波の物だった為に、横島が直接あやかと千鶴に貸してほしいと言ったらタダで貸してくれたのである。

正直横島はレンタル料金くらいは払うつもりだったが、そんな相談をする前に物が届いてしまったのだ。

まあ借りは借りだしいずれ返さなければならないだろうが、横島はあまり細かいところは気にしてないらしい。


「今日は栗がいっぱいや」

「そっちとそっちは品種がそれぞれ違うから、まずは一つずつ味見してみようか。 栗は和菓子にも洋菓子にも使えるから覚えておくと便利だぞ」

あの日から木乃香は放課後だけでなく、早朝の仕込みにまで来てスイーツ作りの練習をしていた。

横島はそんな木乃香に経験を積ませる為に、秋のフルーツや食材を日替わりで大量に買い込んでいる。

それは一流のパティシエが使うような一級品の物もあれば、スーパーで安く売ってるようなお手頃の物までありバリエーションは豊かだ。

無論食材の違いは味を左右するが、必ずしも高級品がいい訳でもないし様々な経験を積むのに越したことはない。


「横島さんも意外とって言ったら失礼だけど、何かやる時は本当徹底してるわよね」

木乃香の料理の特訓をしようと決めた横島の行動に、周りはやはり驚いていた。

練習用の食材はあやかや千鶴からの差し入れと横島が用意してる物が半々くらいだが、正直中学生が一競技にここまで金をかけるのは普通じゃない。

ただ昨年の優勝者である超でさえも本番前にはかなり練習したとの情報も流れたため、差し入れも多かったのである。

超やあやかなどのいざという時には行動力がある友人が居るだけにさほど珍しい訳でもないが、明日菜は横島もやっぱり何処か普通じゃないとシミジミと感じていた。


「明日菜ちゃんもこれから練習だろ。 これ持っていってくれ。 あと準備運動は入念にな」

横島を何処か他人事のように見つめていた明日菜だが、最近は彼女もまた横島から練習の際に飲むようにと特製のスポーツドリンクを貰っている。

それがまたクラスメートに評判が良くて、今日は一緒に練習する人数分のスポーツドリンクを用意していた。

加えて明日菜は、練習後に店に来た時には簡単なストレッチやマッサージを受けている。

本音を言えば明日菜は男性の横島にマッサージを受けるのが恥ずかしくて嫌なのだが、拒否すれば横島が悲しそうにするので仕方なく受けていた。

ただその効果は当然はっきりしており、筋肉痛や疲労が目に見えるほど減ってるのだから余計に拒否が出来ない。

その影響からかは分からないが最近明日菜は体調がよく練習での成績もいいようである。



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