平和な日常~秋~

それから何日か過ぎて九月も後半に入る頃のある日、横島は重箱を持ってタマモとさよと一緒に夕方の麻帆良の街を歩いていた。


「おつきみ~ おつきみ~」

横島とさよの真ん中で二人の手を握っているタマモは、わくわくが抑えきれないのか先程から鼻歌混じりにお月見というフレーズを連呼している。

もうお分かりかもしれないが、この日は十五夜であり横島達はお月見に行く途中だった。

なんでも天文部主催の十五夜の観測会があるらしく、横島達は千鶴に誘われて参加することになったのだ。

天文部は年に何度か星の観測会を行うが、十五夜の観測会は一般人やサークルに所属しない生徒などを対象にしたイベントである。

日頃あまり星や月を見る機会がない一般人や生徒達に、星空の良さを伝えようというのがイベントの趣旨らしい。


「十五夜観測会へようこそ。 横島さん。 麻帆良祭ではご迷惑をおかけしました」

観測会場は麻帆良市の郊外の山の麓にある麻帆良飛行場であった。

日頃は麻帆良学園の航空系の学科やサークルが、飛行機やヘリを飛ばしている麻帆良学園の私有飛行場である。

飛行場なため周囲に民家はなく、飛行場の施設の明かりが消えると星空を観測するには絶好の環境になるらしい。

そんな横島を出迎えたのは受け付けをしていた大学生の天文部の部員だった。


「それはこっちの台詞ですよ。 忙しい時に余計な問題を起こしてすいませんでした」

「いや、彼らの対応には我々も以前から悩んでたんですよ。 苦情もちらほらとありましたしね」

出迎えの大学生が挨拶もそこそこに麻帆良祭での事件について謝るが、あれに関しては横島も少々問題を大きくし過ぎたかと後になって僅かに反省している。

まあ遅かれ早かれ問題になったことだろうが、もう少し別のやり方もあったのは確かなのだ。

一部の愚か者のせいでストーカー達の担任だった教師や天文部の名前が、微妙な意味で知られてしまったのは横島の本意ではない。

無論天文部の他のメンバーを素直に非難するような者は居ないが、連中があそこまで付け上がるまで放置した責任を問う声がなかった訳ではないのだ。

ただ天文部としては最低限のルールを守る以上、部内の恋愛やコミュニケーションを必要以上に規制するのも難しいという事情もあった。

まあ結果として最悪の事態は避けられたが、いろいろな問題が残ってるのは今も変わらないのである。


「さて話はここまでにして、今日はぜひ楽しんで行って下さい」

挨拶と世間話を少しした横島達は案内されるままに多くの人達が集まってる方に向かうが、ここでも横島とタマモはあちこちから声をかけられていた。

流石に天文部には知り合いがほとんどいないが、今回は中高生が結構多かったらしい。


「ちづるさん、こんばんは!」

「あら、タマちゃんいらっしゃい」

観測の純粋をしていた天文部員達の中から千鶴が現れると、タマモは駆け寄っていき礼儀正しく挨拶をする。

相変わらずの笑顔を見せる千鶴にタマモはやはりわくわくを隠せない表情だった。



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