平和な日常~夏~

横島とて関係者の顔を全て知ってる訳ではないのだ

彼女に関する情報も多少は土偶羅の報告書で見たが、それは彼女個人の情報ではない

店に入って来た瞬間に少し違和感を感じたが、特別危険な訳でもないし何より懐かしそうにする老婦人に昔の店の客なのだろうと考えた程度である

店を開店して数ヶ月過ぎるが、今だに前の洋食屋の閉店を知らずに尋ねて来る客がたまに来るのだ

だから横島は老婦人と昔の話をしていたのだが、思いもよらぬ繋がりに久しぶりに驚きを隠せない様子だった


「あら、もう私が誰だかわかったようですわね? 流石に近衛君が気に入る訳だわ」

この時横島は何も語ってないにも関わらず老婦人に心を読まれてしまう

それは横島が持つような心を覗く能力ではなく、普通の一般人でも持っている洞察力において見抜かれていた

老婦人は間違いなく一般人だが、優れた洞察力は流石と言うしかない


「人違いだったらすいませんが、もしかして那波さんですか?」

正直ここまで来ると確認する必要もないのだが、横島は一応控えめに尋ねてみる

そもそも老婦人の霊力の波長は千鶴と似ており匂いや雰囲気も似ているところから考えると、十中八九は血縁関係者だと横島には見えていたのだ


「ええ、そうよ。 貴方は噂以上だわ」

穏やかな笑みで優しく答える彼女だが、その瞳は横島を見透かすような深さがあった

横島も決して油断していた訳ではないにも関わらず、僅かな時間の会話や表情からただの一般人ではないと見抜くのだから凄いとしか言いようがない


「いや~、どんな噂されてるのか聞くのが怖いですね。 いろいろ誤解が広がってるんで」

「噂なんてアテにならないものですわ。 口の悪い人達は私のこと麻帆良の魔女って言うんですから。 私は理を持って行動してるだけなのですが」

もうおわかりだろうが、彼女は那波千鶴の祖母である千鶴子である

優しくも真っすぐな視線を向ける千鶴子に横島はいつものように軽い調子で笑って答えるが、千鶴子はそれすらも予期していたかのように自然な笑顔を見せた


(洞察力と頭の回転の速さは学園長のじいさんを越えてるな。 一代で雪広グループに匹敵する財閥にのし上がった訳だ)

横島は久しぶりに背中に冷たいモノが流れた気がする

鋭い洞察力とそれを支える頭の回転の速さは、近右衛門やあやかの祖父である清十郎を軽く越えていた

そもそも那波重工グループは元々は千鶴子の父親が始めた小さな町工場だったのだが、それを日本を代表する企業グループまで育てた上げたのは千鶴子と婿に入った夫であった

特に千鶴子はその類い稀なる洞察力と頭の回転の速さに加え、清十郎や近右衛門などの人脈を駆使して那波重工を一代で大企業に育て上げた人物である

ちなみに雪広グループとは個人的な友人関係から始まって随分長い付き合いであり、時には仲間として時にはライバルとして共に切磋琢磨してきた関係だった


流石に今の横島は彼女に負けないだけの対話能力もあり秘密はバレるはずがないのだが、それでも横島はこの手の女性が生理的に苦手だったりする



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