二年目の春・9

演劇部にとっては、麻帆良祭が最大の見せ場の一つだった。

学内のイベントに呼ばれたりすることもあるし、昨年の納涼祭では急遽ステージにて演劇を披露した何てこともあったが、特に女子中等部の演劇部なんかは単独で公演を行う事はあまりない。

そもそも複数の学校が麻帆良学園という一つの学園の元で運営されている麻帆良では、演劇部に関しても大学部から初等部まで複数存在している。

麻帆良祭の他に体育祭では学園の全演劇部が合同で大規模公演を行う他、十二月には全演劇部合同の演劇公演が行われてはいるが。


「夏美。 準備はいい?」

「うん。 いいよ。」

「今日もお客さんいっぱいだね。 あっ、タマちゃん達が居る!」

女子中等部の講堂では公演開始十分前となり、会場は満員御礼と言った状態だった。

中学三年となり最上級生となった夏美は、演劇部員達と一緒に公演開始前の緊張感を味わっていた。


「夏美のこと見に来たんじゃない? 仲いいじゃん。」

「そうかな?」

舞台袖から講堂を覗くと多くの観客の仲に横島達が居て、ワクワクした様子のタマモと夏美は目が合う。

嬉しそうに手を振るタマモに夏美は答えるように控え目に手をり返すと、演劇部の仲間達が少しからかうように声をかける。

女子中等部ではすっかり有名人となった横島とタマモの関係者だと夏美も見られている。

ただ夏美自身は少し戸惑ってるが。

別に嫌な訳ではないが、横島に好意を持つメンバーの中では少し立場が違うと自覚している。

横島やタマモに関しては、単純に羨ましいと思うのが夏美の本音だ。

存在感があり賑やかで常に人の輪の中心に居るのが横島とタマモであり、自分は特に特徴も存在感もない脇役のような人だと思う夏美には遠い存在に思える。

頼りになる親戚のお兄さんのようなのが横島の印象だった。

元々横島とさほど親しい訳ではなく、少し乱暴な言い方をするとあやかと千鶴に巻き込まれる形で輪の中に加わっているだけなのだ。


「いいな。 夏美。」

「えっ!? なんで!?」

「楽しそうにしてるよ。 マスターやタマちゃん達と居ると。」

タマモの元気な笑顔に少し勇気を貰えた気がした夏美だが、そんな夏美を演劇部の仲間は羨ましいと告げる。

周りから見ると夏美も横島達の仲間であり一員だった。

本人は自覚はあまりないが、横島達と一緒に店に居るときの夏美は誰から見ても楽しそうなのだ。


「何て言うのかな。 友達とも彼氏とも違う仲間って、ちょっと羨ましい。」

「確かにね。」

隣の芝生は青く見えるではないが、周りを羨ましく思う夏美が周りから羨ましく見られてる事実に本人は素直に驚いてしまう。


「さあ、始めるわよ!」

「おー!」

自分ではない自分になり、普段の自分では気付かない事を気付かせてくれる演劇が夏美は好きだった。

過去も現在も未来も関係ないお芝居の中の自分になれる事を喜び夏美は演劇部の公演に挑むことになる。


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