二年目の春・9

「おや。 偶然ですね。」

「貴様。」

それぞれが食べたことのない麻帆良カレーで軽く小腹を満たした一行は、あれこれとイベントや出し物を見物しながら歩いていた。

しかしその時一行の目の前に現れたのは、全身を隠すようなローブを着たアルビレオ・イマだった。

タマモは以前エヴァの呪いを解く時に見た彼の姿に、楽しげだった表情が少し曇り横島の元に逃げるように駆けた。

エヴァがあの時ほど心を乱した事がないのを、タマモは覚えている。


「何しに来た?」

「いえ、ちょっと散歩を。 この期間なら散歩くらい出来るんですよ。 社会復帰へのリハビリですかね。」

相変わらず胡散臭い笑みで微笑むアルビレオに、アナスタシアは不快感を露にする。

一方フードで顔を隠して顔が全て見えない彼に対するアナスタシアの態度に、少女達は普通の一般人ではないとすぐに悟っていた。

日頃から言葉も表情もキツめのアナスタシアだが、それが可愛く見えるほど今のアナスタシアは冷たく怖いほどだった。

よく見ると横島はタマモを抱き抱えていて、あまり見ぬような表情を消した顔をしている。


「暇ならタカミチにでも会いに行ってやればどうだ? 奴がどれだけ貴様を探していたか、知らぬ訳ではあるまい。 身内を騙し人を騙し世界を騙す。 貴様など用はない。 消えろ。」

「新たな名と姿で、新たな人生ですか。 少し羨ましいですね。」

賑やかで楽しい麻帆良祭の中、アルビレオとアナスタシアは別世界のように静まり返った空間に居るようだった。

事実アナスタシアは目の前の男が不愉快だった。

真相を 隠していたのは近右衛門も詠春も同罪だ。

騙される方が悪いと、少なくともアナスタシアは思い恨む気はない。

ただ、アナスタシアは理解している。

目の前の男がいかに厄介かを。


「そんな睨まないで下さい。 古き友を一目見たかっただけですから。 本当にそれだけなんですよ。」

一触即発とまでは言わないが、平和な世界に生きる少女達には少し刺激が強かったようだ。

アルビレオは少女達にちらりと視線を向けると、ゆっくりとアナスタシアの横をすり抜けるように人混みの中に消えていく。


「さて、なんかアトラクションでも遊ぶか?」

すれ違う二人に少女達は何か因縁めいたものを感じ、夕映は何者なのだろうと考え込む。

しかしアナスタシアは何も語らぬし、横島もまた何事もなかったようにタマモを肩車し始めると、少女達もまた何事もなかったように麻帆良祭を楽しむ事に気持ちを切り替えることにする。

木乃香達にとっては、初めて垣間見た本当の裏の世界だった。

怖く不安が込み上げて来るような経験は初めてである。


「うーんとね。 あれがいい!」

ただ、恐怖や不安が必要以上に少女達の心に残る事はなかった。

タマモなんかは肩車をされながら、さっそくキョロキョロと見渡し次の目的地を指定していて、そんなタマモの姿にホッとするのが本音だろう。

アナスタシアもまた表情から先ほどのような感じは消え失せていて、あえて騒ぎもせず何も尋ねない大人の対応をした少女達のおかげもあり、一行は何の問題もなくそのまめ麻帆良祭を楽しむ事になる。

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