二年目の春・8

「ぽー?」

「ちょっと下で仕込みするから、起きたらよろしくな」

「ぽー!」

翌朝になると横島は一緒に寝ていたタマモを起こさぬように起き出していて、同じく一緒に寝ていた白いハニワ兵にタマモのことを頼み一階の厨房に下りていた。

早起きの目的はプレオープンも三日目になるので、限定販売としてクッキーでも売ろうかと考えた為である。

注目度が高いので来るお客さんに、ちょっとしたサプライズにでもなればいいと、軽い気持ちで作っていく。


「妙神山に居た頃、小竜姫様。 よく作ってくれたな。」

特に深い考えがある訳ではなくクッキー作りを始めた横島であるが、ふと過去の事を思い出してしまう。

以前にも説明したが横島は、高校卒業後には妙神山に十年ほど住んでいる。

近くには人家などない山奥の聖域故に、小竜姫は器用で元々の日常はほぼ自給自足のような生活をしていた。

横島が妙神山に住むようになったこともあって、小竜姫はそれまで知らなかった洋食や洋菓子などを作るようになり、クッキーなんかは三時のおやつにとよく焼いてくれたことを思い出していた。

ちなみに二十代の頃に十年近く一緒に住んではいるが、横島と小竜姫は夫婦でも恋人でもない。

他にも斉天大聖やパピリオは居たし、途中で人間界の状況が悪くなりタマモなんかも住み着いたので、二人で暮らした訳でもない。

とはいえ横島にとって、最も身近な女性の一人だったことは確かだろう。

高校時代に比べると真人間になっているのは、小竜姫との生活の成果とも言えるのかもしれない。


「おはよー!」

「おはようさん。 味見してみるか?」

「うん!」

夜が開けて街が目を覚ます頃になると、起きたタマモが厨房に下りて来ていた。

大量に焼けたクッキーにタマモが瞳を輝かせて味見したいと言いたげであったので、横島は焼きたてのクッキーを一枚タマモに差し出す。


「いつもとちがうけど、とってもおいしい!」

「いつもと違うか? ……ってこれは」

タマモは差し出されたクッキーを大口を開けて一口で頬張るが、一瞬不思議そうな表情をした後に満面の笑みに変わる。

いつもと違うと言われた横島は、まさか失敗したのかと慌てて自身で味見するが、それは日頃横島が作る味ではなく、かつて小竜姫がよく焼いてくれたクッキーの味だった。


「わたしこれもすき!」

「これ、オレの世話になった人の味だな。」

特に意識した訳ではないが小竜姫のことを思い出したからか、身体が自然に反応して作ってしまったのかなと横島は思う。


「うんとね。 もりをまもる、かみさまのおかし!」

「神様か?」

「うん! かみさまはね。 もりのみんなにおかしをくれるの!」

懐かしいその味に横島は少しばかり過去に想いを馳せるが、タマモはそんなクッキーに森の神様のクッキーという命名をして売り出すことになる。


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