二年目の春・8

「結局決められんかったの」

「我が子同然とまでは言わないっすけど、やっぱり詠春さんにとって赤き翼の仲間は特別なんでしょうね。」

話し合いは短時間で終わった。

詠春はこの場で自らクルトを止めにいくと決断出来なかったのだ。

クルトの目指す先を見てみたい気持ちもあるのだろう。

ただ関西呪術協会のトップとしては、決めねばならなかった時でもある。

公人と私人の立場で自分のとるべき立場が違うなんてのは良くあることだが、詠春は決断出来なかった。

やはり組織のトップには向かないと近右衛門は密かに思う。

近衛邸には近右衛門と穂乃香と横島と芦優太郎だけが残り、今後の対策を話していたがみんななんとも言えない表情をしている。

どちらでもいいので決断だけはして欲しかったのが、近右衛門達の共通意見だ。


「まあ全部上手くいけば、クルト君は救世主として魔法使いの歴史に名を刻むのでしょうね。 巻き込んだ多くの犠牲をがあっても。」

「そうだな。 歴史を見ても勝者が責められることはあまりない。 いくら犠牲を出そうが救った数が数だけに救世主と言われよう。 クルト・ゲーデルはそれを理解してるだろうな。」

そんな中、穂乃香は困ったようにため息を溢してクルトの計画が上手くいった世界に想いを馳せていた。

魔法世界の人間数千万が救われるのだから、出した犠牲や混乱を世界から責められることはないであろうと。

芦優太郎もまた過去の歴史からそれを肯定する。

ヒトラーや旧日本軍が責められることはあっても、スターリンや毛沢東が責められないことが世界的に少ないのが分かりやすい一例だろう。

歴史は勝者が作るとクルトが考えてるのは明らかだった。


「やっぱり俺には博打にしか思えんけど?」

「信念があれば博打も崇高な賭けに変わる。 少なくとも本人はそう考えていよう。」

「本当考え方が過激派そのものだな。」

横島は穂乃香や芦優太郎の話に、素直に顔をしかめてめんどくさそうにする。

いまだかつて極端な過激な連中と相対して、良かったことなど一度もない。


「婿殿も時間がないのは分かっていよう。」

どちらにしても詠春が決断せぬうちには動けない一同からすると、早く決断して欲しいところだ。

というか神鳴流の名誉を確実に守るには、もう自身で動くしかないのが本当のところだった。

ただ近右衛門は詠春が動くと影響が大きすぎるので、直接動くのではなく映像か何かで詠春がクルトを否定する程度に抑えて欲しいのが本音だが。

情報の信憑性を疑われない程度にして、かつ詠春自身が魔法世界に関わらないのがベストというか無難なのは確かだろう。

本当にため息しかでない問題に疲れた表情でこの日は解散となった。


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