二年目の春・7

「ワシらもそろそろ覚悟を決めねばならぬのかもしれんな。」

結局クルトは犠牲を出しても魔法世界の人間達を救う気なのだと改めて理解した近右衛門は、自分達はクルトと比べて覚悟が足りないのかもしれないと考えるようになっていた。

魔法世界を救うにしろ見捨てるにしろ真実を知る者として相応の覚悟は必要になるだろう。

知らねば済んだかもしれないが代償が孫達の未来ならば近右衛門は喜んで自ら手を汚してでも魔法世界を見捨てる覚悟はあるつもりだが、同時に自分達に余裕がある分だけ覚悟で負けるのではとの懸念もあるらしい。


「覚悟は否定しませんけど、あんまり相手の土俵に乗らない方がいいんじゃあ? 第一まだ俺達は覚悟を決める段階じゃないと思いますけど?」

近右衛門の言葉に一同は静まり返り覚悟を決める必要があるのかと考え始めるが、ここで何故か横島が干物を焼きながら近右衛門の言葉に異議を唱えた。


「相手の土俵か……。」

「後がないのはクルトって人であって、魔法の国も俺達もまだ時間はありますよ。 それに選ぶのは魔法世界の人達なんですから、俺達は自分達に関係する魔法の公開だけを防げばいいんっすよ。」

かなり偏っているが横島の経験と積み重ねてきたモノは決して近右衛門達には劣らぬし、世界を賭けた場合の経験は横島の方が上なのだ。

横島はふとこんな時に令子ならばなんと言うだろうと考えていて、令子ならばクルト・ゲーデルに合わせるように考える近右衛門達を鼻で笑うのではないかと思うのだ。

力では勝てぬ相手と戦わせると令子以上に頼りになる存在は他には知らぬし、そういう意味では自分達は自分達のペースで動けばいいと横島は思うらしい。


「という訳で土偶羅どうすりゃいい?」

「お前はそこまで考えたのなら自分で方法も考えたらどうだ?」

ただ横島はそこまでは考えたのだが、具体的な方法になると土偶羅に丸投げするという最後にオチを付けてしまい近右衛門達には微妙な表情をされ土偶羅の分体の芦優太郎にまで呆れた顔をされる。


「なんか策があるんだろ?」

「クルト・ゲーデルの側近達ですら魔法の公開に不安を感じて止めるべきか悩んでいる。 それと極秘のうちに強制認識魔法を改良に協力した研究員の一人が使用目的に疑念を抱いて友人に相談しているから情報が漏れても不思議ではない。」

「当然と言えば当然だね。 ただ問題は誰を動かすかだけど。」

「悠久の風という団体が一番相応しいだろう。 魔法世界と地球の双方の事情に熟知しているしトップは二十年前の真相と世界の秘密を知っている。」

なんというかちょっとは真面目に考えたのかと思えば相変わらずの横島に場の空気が緩むと芦優太郎は具体的な方法の話を始めた。

今回ばかりは情報を流す先を厳選せねばならないし、何よりクルトを止められる人物の協力が必要だった。


「なるほどエレーヌ・ルホーンか。 彼女ならば止められるかもしれんな。」

悠久の風のトップは二十年前の創造主との最終決戦に参加した元連合の軍人であるエレーヌ・ルホーンという女性だが、ナギ達の活躍とその後の活動に共感しメガロメセンブリアにて立派な魔法使いの資格を得たのちにナギ達の理想を連合の立場に近い立ち位置でやろうと悠久の風を立ち上げた人物になる。

高畑を悠久の風に引き入れクルトとも対完全なる世界の残党との戦いなどで協力した過去があるが、過去にはクルトの極秘の違法行為を非難したりしたこともある常識人だった。

覚悟を決めるべきかと悩んだ近右衛門もエレーヌ・ルホーンに託すべきだという芦優太郎の策には納得するほどだ。


「と言うことは高畑君からエレーヌに情報を伝えてもらうのですか?」

「それが最善だろう。 現時点での魔法公開は誰も望んでないし高畑が仕入れた情報として連中が魔法公開を画策してることを知らせるくらいならば高畑の今後に悪影響はないだろうしな。 それと最悪の場合はハニワ兵を出しても魔法の公開は止める。」

魔法世界の問題は魔法世界人に任せるべきだという横島と近右衛門達の考えに合わせて土偶羅は今回の件を任せる人材を選んだらしい。

さすがに事が事だけに彼女を動かすために高畑にも協力してもらう必要があるが、信頼のおける人物に相談するくらいならば問題にはならぬだろうし今後のことにも影響は出ないだろうと土偶羅は見ていた。


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