二年目の春・6

「風邪など引かぬように気を付けなさい。」

「木乃香のことお願いね。」

木乃香の帰省は僅か半日の慌ただしいまま終わりお昼を食べると横島が迎えにくるが、近衛邸の門の前には見送りの両親や近衛邸で働く巫女さんや下働きの人々が集まっていた。

木乃香が両親と別れの挨拶をすると横島も少し話をするが、周りの人の多さに横島は少し驚いている。


「大丈夫や!」

「ええ、任せて下さい。」

周りにはあまり目立ってないが幹部クラスの人もそれなりに居て詠春の兄の神鳴流宗家詠明も居たりする。

彼らは木乃香の見送りということもあるが同時に横島を見に集まってもいた。

実は京都でも横島の存在は知られつつある。

木乃香に関する情報はそれなりの幹部ならば最低限集めているし、横島は東西交流の際に二度料理を振る舞ったのでそちらから漏れた話もある。

婿の候補の一人。

いや最有力かと噂されていた。

ちなみに関西で横島の秘密を知るのは詠春と穂乃香夫妻に加えて、先に上げた詠春の実の兄の詠明と木乃香の従姉でもある鶴子の四名のみとなっている。

詠明と鶴子は詠春夫妻の信頼が厚いというか最も頼りにしている身内であり秘密に出来なかったと言えた。

詠春達が時々極秘で麻帆良に土偶羅の瞬間移動で行くとき留守を預かってるのは詠明となるのだ。

なお神鳴流関係者の間からは横島は鶴子が血が騒いだ相手としてもかなり噂が広がっていて武術系の達人だろうと見られていたので、なかなか使い手の居ない長距離の転移魔法が使えると知り驚かれていたが。


「あれが横島君か。」

「兄さん、どう見た?」

横島と木乃香が麻帆良に戻るとみんな仕事に戻るが詠春は兄の詠明と自室で話をしていた。


「分からないな。 私は鶴子ほどの才もないし詠春ほど実戦を経験してもない。 ただ悪い人間には見えなかった。 葛葉君の変化や木乃香ちゃんの成長が答えなのだろう。」

今後の鍵を握る横島について兄の印象を聞くも詠明は分からないとはっきり言ってしまう。

詠明は決して弱いわけでも実戦経験が乏しい訳でもないが神鳴流史上有数の実力と言われる鶴子や魔法世界で英雄となった詠春には劣るのが現状だ。


「剣の腕だけで生きていけるならそれでいいんだろうけど。」

「別に僻んでる訳ではないよ。 宗家は剣の腕だけで勤まらん。 鶴子が継がないと言い出したのも元はそれが理由だ。」

しかし詠明は神鳴流宗家としては優秀であった。

弟子を指導することや神鳴流を纏めることなどは元より、関西呪術協会内部での政治的な駆け引きに詠春の補佐など彼は関西でなくてはならない存在である。

刀子の後見人でもあるし今年の正月の新年会では刀子が弐の太刀を継承したことにより、葛葉家を今後青山家の一族として遇すると公式に発言していて事実上神鳴流宗家の継承権すら認めていた。

まあ刀子の宗家継承は本人も周囲も誰もがあり得ないと理解しているが、継承権の有無自体が関西呪術協会では重く刀子の関西における地位を上げる意味合いもある。

後に東西統合がなされた魔法協会か関西呪術協会にて木乃香が近衛家の家督を継承した場合に刀子が補佐するのを見越した準備でもあった。

今から功績や実力を口実に地位を徐々に上げていき最終的には青山家が後ろ楯となり木乃香を補佐させるための長い先を見越した計画なのだ。

海千山千の幹部達ばかりでは木乃香が苦労するのは明らかなので、少なくとも継ぐ可能性のあるうちから気心許せる側近を準備する必要がある。

そう言った配慮や準備に気配りが出来るのが詠明が神鳴流宗家として優秀な証でもあった。


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