二年目の春・6

そんな訳で近衛家には専属の料理人が居て現在も六十過ぎの親方と弟子が一人いて、他にも手伝いの人間が何人かいる。


「政さん、ただいま。」

「おかえりなさいませ、お嬢様。 今日は何をお作りになるので?」

「今日はローストビーフや。」

料理人の親方は政五郎という先代の頃から近衛邸で働いている年配者であり彼自身も符術を一応使えるが、魔法関係より料理に才能があったらしく現在は料理人として仕えている。

秘密だらけの近衛邸での仕事故に決して世間で知られてる人物ではないが、京料理では京都でも有数の腕前だろうと呪術協会の関係者には言われていた。


「ほー、それはまた楽しみですな。」

加えて彼は本業である和食以外も日頃から結構幅広いジャンルの料理を作っていて、時代の流れと共に洋食や中華はもちろんのこと牛丼やハンバーガーなどのジャンクフードまでも勉強して作っている料理人だった。

まあ本業はあくまでも和食であるし公式の場や来客には伝統的な料理を振る舞うが、日頃の食事に関しては近衛家の人々や近衛邸で働く人々の為に和食ばかりでは飽きるからと料理のジャンルを越えて作っている苦労人である。


「お嬢様がこんなに立派になって料理を作るなんて……。」

「親方、そんな大袈裟に泣かなくても。」

木乃香は政五郎と弟子に協力してもらいつつこの日の夕食を自ら仕切り作り始めるが、政五郎にとって木乃香は孫にも等しい存在だった。

幼い頃から一人で居ることの多かった木乃香にせめて料理やおやつだけは喜んで貰いたいとあれこれと手間をかけて作ったこともあるし、母の穂乃香が木乃香に料理を教えていた時も細かなアドバイスをするなりして木乃香に料理技術の基礎を教え込んだ人物でもある。

最近では年のせいか涙もろくなったようで昨年のお盆に木乃香が帰省して麻帆良カレーをみんなに振る舞った時なども、泣きながら喜んで食べてしまい木乃香や弟子に大袈裟だと笑われたこともあったが。

この日も料理としては難しいローストビーフを作る木乃香に政五郎は涙を浮かべてその成長を喜んでいた。


「バカ野郎。 てめえはだから半人前なんだ。 お嬢様の腕前が分からねえのか!? てめえは抜かれてるぞ!」

なお政五郎に関しては近衛家に住み込みで働いていて厨房を仕切ってる関係から、呪術協会の女衆に顔が利いていたり呪術協会の裏側にも以外に精通していたりする。

詠春の代になると若き夫婦を影ながら支えていて長く近衛家に仕えていることから密かにアドバイスをすることすらあるほどだ。

ただ木乃香には甘く弟子には厳しいので周囲の手伝いをしてる人なんかは相変わらずだなと笑みを溢していたが。


「ウチはレパートリーが少ないんよ。 まだまだや。」

「お前もお嬢様くらい謙虚になれ!」

「でも親方、おれもうすぐ四十ですよ。 流石に一人前として認めてくれても……。」

その後も木乃香は政五郎や弟子達と料理を作るが、和気あいあいと調理する様子はいつもの横島の店での調理風景と変わらぬものがあった。

それが政五郎の気遣いなのだと木乃香も理解しているので嬉しかったし、政五郎自身もまた木乃香の成長した姿がまた見れたことで目を細めて喜んでいた。

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