二年目の春・5

「パンの耳もこうして食べると美味いのう。」

「本当そうしてるとそっちの常連さん達と同じ楽隠居した人みたいっすね。」

一方横島の店ではこの日は日替わりメニューとしてパン耳ラスクなる激安メニューを販売していたが、偶然店に立ち寄った清十郎は相変わらずラフな格好で悩むことなくコーヒーとパン耳ラスクを頼み秘書の女性と一緒にお茶にしていた。

日本を代表する企業の経営者でありながらまる暇をもて余したで近所の年配者みたいな雰囲気で出歩く彼に横島は思わず笑ってしまい、相変わらずアナスタシアに絡む常連と同じに見えると言うが当の本人はそれが狙いか満更でもない表情をみせる。


「本当に会長さんなのかの?」

「ええ、本当っすよ。」

「時々来てるのは覚えてるが、まさかあの雪広グループの会長さんとは……。」

一方の年配者達は開店当初から来ていたメンバーを中心に清十郎が時々来る客であることは知っていたが、あいにくと正体に気付いた人は居なかったらしくこの日横島から初めて聞かされて目を丸くして驚いていた。

新聞なんかでは一度は見た顔であるものの基本的にテレビには出ない清十郎は服装がカジュアルなこともあり意外に麻帆良でも気付かれないことが多いらしい。


「すまんがケーキを十個ほど見繕ってくれんか。 この後マインソフトのゲイン氏と会う約束があってのう。」

「ゲッ!? マインソフトって、まさか……あの? そういうVIPに出すなら新堂さんとこのケーキにして下さいよ。」

「大丈夫じゃ、前にも……。」

「あー、怖いんで誰に出したかは言わんで下さい。 さっきのも聞かなかったことにしますから。」

さてそんな清十郎であるがこの日はどうも来客用にとケーキを買いに来たらしいが、その来客の名前を聞くと横島と常連の年配者達の顔色が悪くなる。

実は清十郎は本人が直接でない時もあるが、時々来客用にとスイーツを買っていくことがあるのだ。

特に横島は深く考えずに今まで売っていたが、今回買われるケーキの行方を偶然聞くと責任とかプレッシャーが好きではない横島は軽く目眩がしそうだった。

ただ世話になってる清十郎に頼まれたのに売らないとも言えないので聞かなかったことにして忘れるつもりらしい。


「うむ、世界は意外に身近じゃったな。」

「俺、夜逃げの準備でもしとこうかな。」

そのまま清十郎は自分でケーキが入った箱を持ち帰っていくが年配者達は身近な人が世界と繋がっていたことを感慨深げに見ていたが、当の本人はプレッシャーや責任が好きではないので久々に逃げ出そうかと少し本気で考えてしまう。

正直横島としては自分が作ったスイーツが知らぬところで凄い人に出されるくらいなら、まだ神魔の最高指導者と戦っていた方が気が楽だった。

恐らく横島以外は誰も理解できない感覚だろうが。


「ねえねえ、まいんそふとのげいんさんってだれ?」

「知らん。 どっかの金持ちだろう。 あの男は大袈裟に騒ぐのが好きだからな。」

「そうなんだ。」

ちなみに世情に疎いアナスタシアは横島達が騒いでる相手が誰かなど知らないらしく、質問してきたタマモに対してどっかの金持ちだといい加減な情報を教えていた。

そもそもタマモは未だに世の中やお金の価値を理解してるようでしてないので教えても理解出来るか微妙ではあるが。

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