二年目の春・5
さて麻帆良亭として営業している横島の店だが、混雑が途切れぬまま午後を迎えていた。
坂本夫妻は今回も遠方からわざわざ足を運んでくれた昔なじみと話をすることも多く横島達が忙しく働いているが、美砂達を助っ人にするなど余裕が出る程度に人を増やしているので交代で休憩を挟みつつ頑張っている。
「いらっしゃいませ。 あら、お客さんはもしかして松本さんの息子さんでは?」
「あっ、はい。 おひさしぶりです。」
そんなこの日であるが時の流れとは無情で来たくても来れなかった者も中には存在する。
午後の二時を過ぎた頃に訪れたのは三十代くらいの男性であったが、坂本夫妻の妻は先代の頃の常連が十年ほど前に連れてきた息子だと思い出す。
息子の方は十年も前に来た店の人が自分を覚えていたことに驚きを隠せないが、坂本夫妻の妻からすると彼の父は印象的な人だったらしくすぐに分かったらしい。
「お父さんは元気かしら? 私達夫婦が若い頃には本当にお世話になったのよ。」
「父は昨年の夏に亡くなりました。 ここ数年は体調が悪くて入退院を繰り返してたんです。」
懐かしい人が顔を見せてくれるのは坂本夫妻にとって何より嬉しいことだが、人生も折り返し地点を越えた夫婦の元には訃報が届くことも珍しくはない。
「……そう。 惜しい人を亡くしたわ。」
「もう一度元気になって麻帆良に行くんだと何度も話してたんですが。」
今回訪れた元常連の息子もそんな訃報を届けに来たのだが、亡き父の供養になればと代わりに麻帆良にやって来たらしい。
活気溢れる店内の様子を眺めながら亡き父の好物を頼み一人で父を想い食事をする。
「今日はこちらに泊まりで?」
「いえ明日からまた仕事なので帰ります。」
息子にとってその光景はまるで亡き父の面影を見てるようで、もし今も父が健在ならばきっと同じように楽しげな空間を楽しんでるのだろうと思う。
そして一人で食事を済ませた息子は会計を済ませて帰ろうとするも坂本夫妻に呼び止められる。
「そう、ならこれ持って行って良かったらご霊前に備えてあげて。」
突如今日の予定を聞かれた息子は驚きながらも明日には仕事があるからと伝えると、坂本夫妻の妻は小さめな紙袋を彼に手渡す。
「中身は松本さんが好きだったサンドイッチよ。 保冷剤も入れてるから明日までなら大丈夫だから。」
横島の店では主力がスイーツなので持ち帰り用の容器や保冷剤なんかは常に大量にある。
坂本夫妻は遠方でも大丈夫なようにと保冷剤を入れてわざわざお土産を用意したらしい。
「ありがとうございます。」
「良かったらまた遊びに来てね。 私達はもう時々しか店をやらないけど、ここの店は普段は喫茶店としてやってるから。 いい子達だからきっと松本さんも貴方も気に入ってくれるわ。」
「はい、また近くに来た時には。」
息子はまさか飲食店が昔の常連の訃報に土産を用意してくれるとは夢にも思わなかったらしく驚きを隠せないようだったが、その心遣いに感謝しつつ土産を手に店を後にする。
坂本夫妻はそんなかつての常連の息子の後ろ姿を静かに見送っているが、年を重ねると見送ることも多くかつての常連の子や孫達の幸せを祈ることしか出来ない。
ただもう一度店をやって良かったと夫妻は改めて思い、可能ならば自分達のペースでこんな日を続けられたらと願っていた。
坂本夫妻は今回も遠方からわざわざ足を運んでくれた昔なじみと話をすることも多く横島達が忙しく働いているが、美砂達を助っ人にするなど余裕が出る程度に人を増やしているので交代で休憩を挟みつつ頑張っている。
「いらっしゃいませ。 あら、お客さんはもしかして松本さんの息子さんでは?」
「あっ、はい。 おひさしぶりです。」
そんなこの日であるが時の流れとは無情で来たくても来れなかった者も中には存在する。
午後の二時を過ぎた頃に訪れたのは三十代くらいの男性であったが、坂本夫妻の妻は先代の頃の常連が十年ほど前に連れてきた息子だと思い出す。
息子の方は十年も前に来た店の人が自分を覚えていたことに驚きを隠せないが、坂本夫妻の妻からすると彼の父は印象的な人だったらしくすぐに分かったらしい。
「お父さんは元気かしら? 私達夫婦が若い頃には本当にお世話になったのよ。」
「父は昨年の夏に亡くなりました。 ここ数年は体調が悪くて入退院を繰り返してたんです。」
懐かしい人が顔を見せてくれるのは坂本夫妻にとって何より嬉しいことだが、人生も折り返し地点を越えた夫婦の元には訃報が届くことも珍しくはない。
「……そう。 惜しい人を亡くしたわ。」
「もう一度元気になって麻帆良に行くんだと何度も話してたんですが。」
今回訪れた元常連の息子もそんな訃報を届けに来たのだが、亡き父の供養になればと代わりに麻帆良にやって来たらしい。
活気溢れる店内の様子を眺めながら亡き父の好物を頼み一人で父を想い食事をする。
「今日はこちらに泊まりで?」
「いえ明日からまた仕事なので帰ります。」
息子にとってその光景はまるで亡き父の面影を見てるようで、もし今も父が健在ならばきっと同じように楽しげな空間を楽しんでるのだろうと思う。
そして一人で食事を済ませた息子は会計を済ませて帰ろうとするも坂本夫妻に呼び止められる。
「そう、ならこれ持って行って良かったらご霊前に備えてあげて。」
突如今日の予定を聞かれた息子は驚きながらも明日には仕事があるからと伝えると、坂本夫妻の妻は小さめな紙袋を彼に手渡す。
「中身は松本さんが好きだったサンドイッチよ。 保冷剤も入れてるから明日までなら大丈夫だから。」
横島の店では主力がスイーツなので持ち帰り用の容器や保冷剤なんかは常に大量にある。
坂本夫妻は遠方でも大丈夫なようにと保冷剤を入れてわざわざお土産を用意したらしい。
「ありがとうございます。」
「良かったらまた遊びに来てね。 私達はもう時々しか店をやらないけど、ここの店は普段は喫茶店としてやってるから。 いい子達だからきっと松本さんも貴方も気に入ってくれるわ。」
「はい、また近くに来た時には。」
息子はまさか飲食店が昔の常連の訃報に土産を用意してくれるとは夢にも思わなかったらしく驚きを隠せないようだったが、その心遣いに感謝しつつ土産を手に店を後にする。
坂本夫妻はそんなかつての常連の息子の後ろ姿を静かに見送っているが、年を重ねると見送ることも多くかつての常連の子や孫達の幸せを祈ることしか出来ない。
ただもう一度店をやって良かったと夫妻は改めて思い、可能ならば自分達のペースでこんな日を続けられたらと願っていた。