二年目の春・5

「今、なにがあったんだ?」

「そんな……、嘘だろ!?」

刀子の厳しい言葉に怯むことなくむしろ嬉々とした様子で突如始まる刀子との手合わせに望む古菲であるが、結果はその場の誰もが予想をしなかった圧倒的とすらいえぬほどあっさりと決まり僅か一撃での敗北だった。

だが訓練参加者の大半は刀子が何をしたのかすら見えなかったほどで、彼らが見たのは瞬動という技で消えたように動いた刀子が一気に接近して古菲を吹き飛ばしたという結果だけになる。

しかも吹き飛ばされた古菲が受け身を取りながら体制を立て直そうとするも、その時にはすでに刀子が再び接近していて古菲の喉を掴んでおり完全に動きを封じていた。


「少しは理解したかしら? ちょっとは力の使い方を覚えたようだけど実戦は貴女の好きなバトルじゃないわ。」

流石の古菲もしばし放心状態になるも刀子はそんな古菲の喉から手を放し立ち上がらせると落ち着いた様子で声をかける。

実際古菲は裏の世界でもかなりの実力を身に付けつつあるが、今回は相手が悪かった。

以前にも説明したが刀子は鶴子の修行相手として長年修行を積んでいるので、神鳴流の中でも宗家に近く対人戦に特化している。

加えて刀子はあえて古菲が何も出来ぬように圧倒的な力で一気に終わらせていた。


「凄いネ!!」

「……はい?」

そんなバトルと実戦は違うことを圧倒的な力で何も出来ぬまま敗北させることで教えたかった刀子だが、しばしの放心状態から我に返った古菲は心折れることなく先程までよりも更に瞳を輝かせてしまい刀子は頭痛を感じるように表情を歪める。

これが実戦ならば死んでいた可能性とてあるのは古菲とて百も承知だが、圧倒的な強さは古菲に恐怖や恐れよりも希望を与えてしまったらしい。

しかも先程刀子が迷惑だと言った言葉などすでに頭にないし、強い相手を尊敬するような古菲だけに厳しく当たった刀子に悪い印象すら抱いてない。

正直刀子は古菲のバトルジャンキーっぷりを甘くみていたのかもしれない。


「貴女のことは後で別に対処する必要がありそうね。 豪徳寺君、貴方達も先輩なんだから彼女にもう少し常識を教えなさい。」

この時刀子はあまりのバトルジャンキーっぷりに軽く引いていた。

神鳴流でも闇堕ちする者が希に居るので刀子自身も理解していたつもりだったが、あまりに純粋にというか馬鹿正直に力と強者との戦いを求める古菲の危うさを少しばかり見誤っていたと感じる。

ただ全く収穫がない訳でもなく古菲のあまりの態度に訓練の参加者は唖然とし豪徳寺達ですらちょっと呆れた様子であることから、豪徳寺達はまだ現実を理解してると感じ古菲にもう少し常識を教えるようにと言いつけた。


「いや、俺達は彼女よりも弱いんだが。」

「このままにしていいはずがないのはわかってるでしょう?」

一方の古菲はあまり状況を理解してないらしく刀子の話にハテナマークを浮かべるように首を傾げていたが、豪徳寺達は突然古菲に常識を教えなさいと言われて困惑している。

豪徳寺達は古菲よりは大人であるし意外に常識人なので刀子の言ってることを理解はしていたが、古菲にそれを理解させることの難しさも同時に理解していた。

力を求め戦いを求める古菲の危うさは理解してる者も多いが純粋馬鹿故に対処が難しく、刀子は古菲を裏の世界に引き込んだのは近右衛門の失敗ではと密かに思うことになる。

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