二年目の春・5

結局新体操部の選抜テストは陣内が見守る中で始まる。

体育館自体は新体操部以外の運動部も使用してるので一人や二人知らない人が居ても特に目立たなく、まき絵以外の新体操部員達は陣内のことを気にもしてないしまき絵自身もなんであの怖いコーチが居るのかと疑問に思う程度で深く考える訳でもなく軽くながしていたが。


「次は、まき絵か。 リボンでいいのか?」

「はい!」

そんなまき絵の選抜テストの順番は昨年の成績などから五番目と早くすぐに順番が回ってくる。

周りに居る新体操部の友人達から頑張ってと声をかけられてまき絵は演技をするべく前に出ていくが、その表情は本来の歴史と違い幼さを残したままだった。


「では五番佐々木まき絵、演技開始。」

先日まき絵が秘密の特訓と言ったり大学部のコーチをしている陣内がわざわざ見に来たりと異例なことが重なった結果、二ノ宮は少し期待しつつも努めて冷静にまき絵の演技を始めさせる。

ただ相変わらずの幼さというか子供っぽさから、期待しても無駄かという考えも同時に頭を過るが彼女が驚くのは演技が始まってすぐだった。


「動きが違う? 何故?」

それは顧問として二年間まき絵を指導していた彼女だから気付けた僅かな違いである。

自ら楽しむだけではなく人に魅せることを意識したこととほんの僅かな基礎的な呼吸の仕方を学んだ結果だった。


「監督が言ってたわ。 彼は根本的な視点が自分達とは違うんだって。」

「監督が?」

一方二ノ宮が驚いたことで陣内はやはりまき絵の変化と成長は二ノ宮の指導の結果ではないと確信して、先日までの横島とまき絵の練習を見ていた監督がこぼした意見を口にしていた。

新体操に限らず運動全般に言えることだが練習や指導は上級者や先人などを目標や参考にしつつ長年業界や本人が積み重ねた経験などから試行錯誤していく場合が多いが、横島は新体操を知らないだけにそれらの新体操業界の積み重ねもなにも考慮しない独自の価値観と経験から教えている。

それらを一言で言えば異端と言えることで横島本人はたいしたことは教えてないからと楽観的にしか考えてないものの、結果が伴えば十分注目されるし何より数日で指導をするとすれば最善だったのは専門家の方が理解しているだろう。


「多分貴女が子供っぽいって言ったのを彼女聞いちゃったのよ。」

「えっ!? でも……。」

尤も本来の歴史とは違い人間的な成長はしてないので二ノ宮の懸念していた子供っぽさは正直あまり変わってはない。

しかし演技全体としては確実に成長してるし何よりまき絵らしい自由でのびのびとした演技は確実に磨きがかかっている。

二ノ宮はまき絵の成長が自分の望んだ方向性でないことに戸惑いを感じていたようだが、陣内は全ては横島の確信犯的な指導の結果だとようやく理解することになった。


「騒がれる訳ね。」

この時陣内は無意識に拳を握り締めていた。

悔しかったのだ。

長年人生をかけた新体操において何処の馬の骨とも知らぬ男に負けたような気がすることが。

仮に自分が横島の立場ならばどうしただろうと考えるも、僅か数日で成果を出すなど不可能だと理解するだけに悔しさが込み上げてくる。

加えて監督はある程度理解していたことを自分が理解出来てなかったこともまた、コーチとしての未熟さを突き付けられたようでショックだった。

32/100ページ
スキ