二年目の春・5

翌日はまき絵の新体操部選抜テストもあるゴールデンウィーク二日目になるが、横島の店には翌日に予定している麻帆良亭の不定期営業の仕込みの為に坂本夫妻が朝から訪れていた。


「そう、動物園楽しかったのね。」

「うん!」

夫の方はさっそく時間がかかる仕込みを始めているが、妻の方は庭の畑と花壇の様子を見ながら昨日の動物園のことを楽しげに話すタマモの話を聞いている。

ちなみに昨日のおでかけでタマモは例によって大量のお土産を購入していて、朝からさっそく常連の年配者や坂本夫妻に配ってもいたが。


「へ~、そりゃまた大変っすね。」

「歴代の店主が残した帳簿や日記にレシピ集なんかはそれだけで歴史的な価値があるらしい。 捨てるのも忍びないので取っておいただけなんだがな。」

一方夫の方は横島や木乃香やのどかに手伝って貰いながら仕込みをしていたが、大学部の地元史の研究者に頼まれて麻帆良亭の歴史の調査と編纂に協力することにしたと横島達に報告していた。

元々は夕映達を通して話が来た坂本夫妻への依頼のうちの一つであったが、内容も依頼者も確かだったことから坂本夫妻が直接連絡を取り話をしていたらしいが結局協力することにしたらしい。


「依頼者は当初は大学部のサークルだったのですが噂を聞き付けた地元史の研究をしている教授がぜひ自分もやりたいからと言い出したらしく、麻帆良の近代史として学園で正式に記録を遺すようです。」

「随分話が大きくなったな。」

「食文化に関しては他の歴史的事実と違い確かな記録として残ってないものも多く、失われた味や歴史も多いからと依頼者のサークルの先輩達が嘆いていましたから。」

店の閉店をもって麻帆良亭の歴史に幕を下ろしたはずの坂本夫妻の夫としては、歴史として遺したいとの熱意に押されたようで承諾したが本心ではなんとも言えない複雑なものがあるようである。

その背景にはのどかいわく今歴史を残さねば永久に失われるからと地元史や麻帆良の食文化を研究している人達がかなり騒いでいるようだ。


「そういえば麻帆良祭の協力依頼の方はどうしたんですか?」

「申し訳なかったがそっちは全て断ったよ。 私も妻も麻帆良祭をゆっくり見物する機会はなかったからな。」

他にも春祭りへ参加したこともあり最近は坂本夫妻の元には夕映やのどかを通さない依頼なんかも多数舞い込んでいて、特に麻帆良祭への協力やゲストとして参加してほしいとの依頼がいろいろ来たらしい。

ある程度事情を知ってるのどかは夕映と共に坂本夫妻の年齢もあるので、あまり騒ぎすぎないで欲しいと知り合いの大学生には頼んでいたらしいが最終的に坂本夫妻の方で断っていたようである。

長年麻帆良亭を営んでいた夫妻は麻帆良祭をゆっくり楽しむ余裕がなかったようで、いい機会だからと今年は孫と一緒に見物する約束をしてるとのこと。


「ゆっくり楽隠居するつもりだったんだがな。」

麻帆良亭については未だに複雑な想いが消えた訳ではないがそれでも坂本夫妻の夫は、いつの間に変わってしまった自分達の現状に少し困ったようにしつつも笑みを見せる程度にはなっていた。

夫婦で旅行でもしながら穏やかな老後をと考えていた彼にとって現状は想定外もいいところではあったが。

ただこれもまた麻帆良に生きた夫妻にとってはよく知る日常の一つなのだろう。

求められるのはありがたいことだとの気持ちを夫妻は忘れることはなかった。


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