二年目の春・5

「学園長、本当によろしかったのですか?」

「大丈夫じゃろう。 それにエヴァとて息抜きは必要じゃ。 十五年も捕らえていた蟠りが全て解消したと安易に思ってはならぬ。 将来に禍根など残したくなかろう?」

「それはそうですが……。」

一方麻帆良では近右衛門の元を訪れていた情報部の若き幹部の一人が、エヴァが木乃香達と共に麻帆良を離れたことで外部に呪いを解除したことが露見することを危惧していた。

元々関わるとあまりに危険だとエヴァには監視もろくに付いてないので、今のところエヴァがアナスタシアだと掴んでいる外部の諜報機関はないと思われるがあまり派手に出歩けばいつ気付かれてもおかしくはないとの不安もある。

ただ近右衛門はそんな若き幹部の青年にエヴァの気持ちになるようにと諭すように語り始めた。


「仮に君がエヴァの立場だったらどうする? 十五年じゃぞ。 無理矢理縛り付けていた呪いを解いて感謝するか? 幸いなことに今はタマモ君のおかげで木乃香達とは友好的な関係じゃ。 せっかくエヴァが過去を水に流そうとしとるのにそれを壊してどうする。」

組織としてはエヴァの行動は不安にもなるのだろうが近右衛門がそれ以上に危惧しているのは、エヴァを人とは違う存在だからと無意識にでも差別している人間が関東魔法協会にですらそれなりに居ることだろう。

加えてエヴァの呪いからの解放に関しては幹部クラスしか知らされてないが本人が大人しいことをいいことに、エヴァは近右衛門に感謝してるのだろうと都合がいい解釈をしてる幹部も居たりするので近右衛門の頭痛の種の一つになっている。


「それに君はあのアナスタシアを見て闇の福音だと気付くと思うかね?」

「……変身する場面でも見なくては信じられないかもしれません。」

エヴァに関しては本人は復讐も何もする気はないが、だからと言って加害者と言える自分達が過去を忘れてはならないと近右衛門は幹部達を戒めている。

そして同時にアナスタシアとエヴァを同一視することの難しさも語り、外部に露見するにはアナスタシアを徹底的にマークし尾行でもしなくてはならないと教えていく。

実際麻帆良に来ている諜報関係者はほとんど情報部で掴んでいるいるが、エヴァを尾行出来るような諜報関係者は一人も居ない。

エヴァの危険性は語るまでもないが、一方で関わらなければ牙を向くこともないのは魔法協会やメガロの中枢では周知の事実であった。

メガロメセンブリアにしてもヘラス帝国や秘密結社完全なる世界や、クルトなどのような内部で不穏な動きをする者に支配地域の反メガロや独立派組織など監視対象は山ほど存在している。

物事には優先順位があり麻帆良やエヴァはメガロメセンブリアにとって無視出来ぬ存在だが、所詮は旧世界の辺境の魔法協会と放置しておけばあまり害のない孤高の魔法使いでしかないのだ。


「偶然とはいえ横島君の元恋人だという噂はちょうどいい隠れ蓑じゃな。 あそこまで目立つと逆に疑わなくなる。」

結果としてエヴァとアナスタシアが同一人物だというのは幹部クラスなどごく一部しか知らないが、疑う要素すら現状ではほぼ存在しないのはすっかり麻帆良では有名な人物となっている横島の元カノだと周りに信じられてることだろう。


「あれは学園長の策では?」

「ワシはそんな口出しなどしとらんよ。 木乃香の話ではエヴァ本人が冗談半分で言ったのを周りが勝手に信じとるらしい。 エヴァにしても過去などを根掘り葉掘り聞かれるよりはその方が楽なのじゃろう。」

どうも若き幹部はアナスタシアの現状を近右衛門の策かと考えていたようであるも、近右衛門は笑いながらそれを否定し真相を教える。

本当に全くの偶然だが孤高で人を寄せ付けぬエヴァと、プライドが高そうなのにタマモや年輩男性に好かれているアナスタシアは冗談にも同一人物には見えない。

不思議なことに横島の元カノだとの噂が立って以降、アナスタシアの素性を気にする人間は皆無となっていた。

一部にはどこかのお嬢様で家出して来ただのヨーロッパ貴族の家系かなど様々な噂はあるが、不思議とエヴァと同一視する噂は全くない。

結局若き幹部は現状を受け入れるしかないが、彼の立場からするとよく知らないエヴァのことが不安にもなるのは仕方ないことであった。



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