二年目の春・5

さてその日も横島は店を早めに閉めるとまき絵と共に大学部の施設にて新体操の練習をしていた。

特に難しいことをしている訳ではないがまき絵の意識を少し変えるにしても呼吸の使い方を覚えるにしても繰り返し練習して身につける必要がある。

相変わらず近くでは新体操部コーチの陣内が怖い顔をして見張っていたが。


「新体操も奥が深いんだね。」

「なんでも一緒だよ。 シンプルなものほど奥が深い。 ただ人はそれになかなか気付けないだけなんだと思うぞ。」

横島の手法として今回はまき絵の練習を撮影して後で確認しながら些細なアドバイスをしていた為、演技全般にはあまり変化はないが多少なりとも意識を変えて呼吸法を指導した結果まき絵自身も成果を認識出来る部分が出始めていた。


「ねえ、マスターってなんで料理を始めたの?」

「なんでって言われてもな。 なんとなく?」

バカピンクとか言われるまき絵は練習の成果が僅か数日で出始めると単純に横島は凄いと感心していたが、同時にやはり横島自身にも興味を持ちはじめている。

身近な木乃香達ですら未だに謎が多いと思う横島なだけにまき絵から見ると謎というか不思議な存在なのだろう。


「うーん、店を始めたのは女の子と仲良くなりたいからだけど。 料理はな。 新体操とかと違い人と競ったり比べられたりしないから気楽だってのはあるかもな。」

ある意味純粋故に素直に頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまうまき絵に、横島は改めて聞かれても困ると言いたげであった。

元々流されるままに生きて来た横島が明確な意志の元で何か行動したことはあまりない。

喫茶店や料理も本来は目立たずにそれなりに女の子と仲良くなりたいだけだったのだから。


「え~? 本当なの?」

「正直もっと暇で居眠りとかしながら喫茶店をやるつもりだったんだけど、どうしてあんなに忙しくなるんだか。」

ただ改めて思い返してみると今の現状は横島自身が一番不思議に感じると言っても過言ではなく、実は深く考えないところなんかはまき絵と横島はよく似ていた。

横島が女の子と仲良くなりたいとは何かにつけてよく語るのでまき絵も聞いたことがあるが、その言葉を信じてない人も意外に多かったりする。

特に仕事なんかを女の子と仲良くなりたいからと決めるとはあまり思えない人も多いのだ。


「マスターモテモテじゃん。 外人の美女が追っ掛けてくるし。」

「いやアナスタシアはさ……。」

まき絵もまた同じく信じてないようで、彼女の場合は十分モテモテなのに今更女の子と仲良くなりたいなんて理由があるのかと疑問らしい。

まあ麻帆良では横島が今までモテたことがないとの話は完全にネタだと思われているのだが、エヴァが大人バージョンで意味ありげな態度と言葉を口にして以降はそれに追い討ちをかけた形になっている。

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