その頃横島の店では木乃香が鼻歌交じりに天ぷらを揚げていた。

パチパチと油の中で踊るように変化していく具材を頃合いを見計らい油からあげていく。

その様子はまだ幼さの残る容姿も相まって家庭で母の手伝いをする娘のようであるが、揚げた天ぷらは見た感じからしてサクサクして美味しそうである。


「いっちょあがりや！」

油を切った天ぷらはすぐさまほかほかのご飯の上に乗せて天つゆをかけると本日の日替わりメニューである天丼になるが、そんな木乃香の天ぷらを揚げてる姿を眺めていた横島とのどかはこんなに出来るんだと半ば本気で不思議そうにしていた。

もちろん手取り足取り教えたのは横島であるが、食材の下処理から衣に関してや揚げ方など揚げ物の中でも難しい方に入る天ぷらを一人で作る姿は教えた横島ですら驚きらしい。

無論今日始めて教えた訳ではなく店を開店した当初から教えていて、何度も練習を兼ねて夕食なんかで作って覚えていたが。


「私じゃ揚げ時が、まだ難しいです。」

「揚げ時の見極め用にサーモグラフィのメガネでも作るか？ 」

去年の後半からはのどかも同じく教わっておりかなり上手に天ぷらを揚げれるが、安定した品質でお客に出せるかと言われるとまだ未熟である。

素材ごとに違う揚げ時間を天ぷらを揚げてる気泡や音で判断出来るまではいかないらしく、それがほぼ完璧に出来る木乃香が普通ではないのだろう。

横島はいっそ料理用のサーモグラフィメガネでも作るかと考えるほど普通は難しいものだった。

そもそも横島は五感も常人とは桁違いに鋭いのでその辺りは普通の人間とは比べられなく、ある意味普通の人間の五感でそれが割と簡単に出来る木乃香は本物の天才なのかもしれない。


「去年の料理大会以降、精神的に成長したからなぁ。」

ただ木乃香の成長の裏には昨年の料理大会での経験があり、あれ以降精神的に一段と成長したのも料理習得スピードの向上に役立っている。

まあ横島も横島で覚えていくからと次から次へと遠慮なく教えて行くので、決して驚くような立場ではないはずなのだが。


「何年かしたら冗談抜きで追い抜かれそうな気がする。 『もう教わることあらへんからさよならや』とかって俺捨てられたりして。」

「木乃香はそんなこと言いませんよ。」

「いつだったか読んだグルメ漫画にそんな展開があってだな。」

そのまま横島は木乃香の将来のことを想像するが、何故か冷酷非道な女王様のような木乃香に捨てられてすがり付く自分を想像して顔色を悪くする。

話を聞いているのどかは何をどうすれば優しい木乃香がそんな人になるんだと理解出来ないようだったが、基本的に最後はひどい目に合うのが横島の人生なのでいつか今の幸せがどんでん返しで変わるのではとの不安が今でもあるのかもしれない。


「絶対そんなことありませんよ。」

最終的にのどかはそんな未来は絶対ないと彼女らしからぬ強い口調で言い切るが、そんなのどかも横島の語ることが九割九分冗談なのは理解していた。

ただし横島のめんどくさいところは残りの一分は結構本気で不安だったりするので、きちんと否定しとかないと後々面倒なことになるのだ。


「いざとなったら金銀財宝で引き留めるか。」

その後万が一の際は金銀財宝でと真顔で語る横島にこの人はどんだけ自分に自信がないんだろうかと呆れてしまうのどかは、自分に自信を持つことも必要なんだなと横島を反面教師として学ぶことになる。