二年目の春・2

「いい天気じゃのう。」

同じ日の近右衛門はいつもと同じく仕事に追われていた。

新年度が始まる四月のこの頃は麻帆良学園でも新入生は元より新任教師や新入職員なども多く、裏表問わず慌ただしい季節になる。

数時間前から書類と格闘していた近右衛門であるが、流石に疲れたのか休憩を兼ねて窓から見える街並みに視線を向けていた。

満開の桜が至るところで咲いている麻帆良であるが本格的な西洋風の街並みと桜の取り合わせは世界的に見ても珍しく、関東近郊からの花見客も訪れるほどだ。

特に青々とした葉の生い茂る世界樹と満開のソメイヨシノの組み合わせは他では決して見れない組み合わせになる。


「また一年の始まりじゃな。」

あまりの天気のよさに近右衛門は窓を開けて春の風を室内に入れると、まだ少し冷たい春の風が吹き抜けるように部屋に入って来た。

学園長という職業柄もあってか近右衛門は卒業と入学のこの季節が一番好きな季節である。

風に乗って聞こえる春祭りの音に心がウキウキするような懐かしさを感じつつ、近右衛門が休憩に入ったのを見た職員が入れてくれたお茶を飲み一息つく。

先月には無事に卒業式を迎えた麻帆良学園であるが幼稚部は抜いて考えても初等部から入学すると大学卒業までには十五年はかかることになり、今年入学する子供達が大学を卒業して社会に出る時には世の中がどうなっているかとの不安がふと頭をよぎる。


何も不安の種は魔法世界ばかりではない。

一昨年アメリカで起こった同時多発テロ以降は地球側でも世界情勢が変わりつつあるし、日本の場合は近隣諸国に爆弾を抱えているのは今更言うまでもないだろう。

差し迫った問題としては超鈴音の計画を始めとした魔法絡みの問題が多いが、あまり目の前の問題にかまけて大局を見失うと取り返しのつかないことになるのだ。

はっきりと口に出すことはないが、魔法協会のトップ程度の自分が抱えるには大きすぎる問題の数々だと思わずにはいられない。


「世界平和など本気で考えてる人間が世の中にどれほど居るのやら。」

知的生命の大半は生死と隣り合わせの危険な世界よりは平和な世界を望むが、具体的な話になると千差万別とまでは言わないが理想や目指す世界が違うのが当然なのである。

それは争いばかりではなく競い合うという意味もあり必ずしも悪い訳ではないのだが。

ただまあ複雑に絡み合った二つの世界の問題を考えると、近右衛門に出来るのはせいぜい日本の魔法関係者と少し手を伸ばして日本人を守るべく対策を積み重ねていくしか出来ない。

極端な話をすれば超鈴音の未来のように血で血を洗うような時代が来たならば、近右衛門に出来るのはせいぜい横島に頼みに別の惑星に逃げるくらいしか思い付かないのが本音だ。

まあその前の段階ならばまだ選択肢はいろいろあるし、願わくばそんな未来は来てほしくないのだが。


「自分が恵まれてることを忘れんようにせんとな。」

今までもそしてこれからも決して楽な仕事でも立場でもない近右衛門であるが、横島達が語るように世界とは数多存在するとするならば自分は他の平行世界自分より恵まれてるのだろういうことを決して忘れないように肝に命じなければと心に誓う。

そして春の風に吹かれながら、これから今年入学してくる多くの子供達の未来が少しでも良くなればと仕事を再開させることになる。


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