二年目の春・2

「なんというか難しい問題でしたね。」

結局坂本夫妻の妻は店主の本音を聞き頑張ってとエールを送るだけで帰ることにしたが、パン屋の問題は一言では言い表せない難しさがあった。

パン職人としての腕前は素晴らしいと言えるほどでもないが悪くもなく、一般的なパン職人としては普通のレベルだろう。

改装オープンから日が浅いこともあるが、お客さんがそこそこ入ってる状況からも決して無能と言うわけではない。


「大山さんが以前言ってたわ。 彼はパンが好きで始めた訳じゃないって。 原因はそこかもしれないわ。」

明確な欠点や問題点が見つからなかった今回の問題に対し夕映はこういった場合にどうするべきなんだろうと悩むが、坂本夫妻の妻には朧気ながら原因が見えている。


「多分彼は職人ではなく仕事としてパンを焼いてるんだと思うわ。 しかもその些細な意識の違いを埋めるだけの経験がないのよ。」

それは技術的な問題ではなく心理的な問題なのだろうと坂本夫妻の妻は語るが、一番の問題はパンを焼く技術以外はあまり経験がないことだろうとも語る。

決して仕事としてパンを焼くのが悪い訳ではないが前店主は職人としてパンとお客さんと向き合って来ただけに、周囲はみんな彼に同じ職人として求めるが彼の価値観では職人ではなく仕事なのだ。

味以外にも採算や効率などいろいろ考え試行錯誤してるのではとも語るが、それが必ずしも悪いことではないとも告げる。


「なるほど。 職人としてではなく仕事としてですか。」

「あのままだと遠くないうちに古い馴染みは離れるかもしれないわね。 それから彼が新しいお客さんを得られるかは彼次第だけど。」

あの店主にとって店を受け継いだのは仕事を続ける為であり、両親の積み上げた店やパンを継ぐつもりはないのだろう。

少し寂しそうに語る坂本夫妻の妻に夕映はなんと答えるべきか悩むも、坂本夫妻の妻が語るように彼の判断が必ずしも間違ってる訳ではない。

世の中には仕事として料理を提供する飲食店が現代では多くそれらは世の中の人に受け入れられているのだから。

ただこのままいけば前店主の味を求める客は離れていき、彼は自分のスタイルと味を求める客を新しく捕まえなくてはならないのだ。


「麻帆良亭も続けていれば同じ苦労をしていたかもしれないわね。」

馴染みのパン屋の世代交代の問題に坂本夫妻の妻は麻帆良亭を終わらせた理由と根本的に繋がるものも僅かだが感じてるようだった。

変わりゆく時代の中で何を受け継ぎ何を変えるのか、それは当事者が自ら考え決めなくてはならない。

結果は全て当事者に返るのだから当然と言えば当然だが。

今回坂本夫妻の妻が何も語らず話を聞いただけで帰ってきたのはそんな考えからのようである。


「誰もが横島君や夕映ちゃん達みたいに過去を上手く受け継げる訳じゃないのよね。 きっと長い歴史の中では人知れず消えてしまったモノが無数にあるんでしょうね。」

少し寂しいが長い歴史の中では変わりゆくモノと同時に何かが消えていくのは自然なことなのだろうと思う坂本夫妻の妻であるが、それと同時に自分達の過去を上手く受け継いで新しく進み始めた横島や夕映達に出会えたことを心から感謝していた。

たとえ形を変えても麻帆良亭が受け継いで来た心は、マホラカフェとして次なる世代へと続いていく。

それを見守りながら老後を過ごせることが本当に幸せなのだと改めて感じていたようである。


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