この日のバイトは木乃香と夕映であった。

明日が卒業式ということもあり、いつもより早く学校が終わった二人はのどかと明日菜とさよと一緒にそのままの足で横島の店を訪れていた。

そのまま木乃香と夕映は店に到着するとすぐに店の奥の事務室件更衣室で私服に着替えてバイトの準備を始める。

基本的にバイト中の服装はみんな私服にエプロンをして働いているが、木乃香は調理の邪魔になるので長い髪を後ろで束ねて仕事をしていた。


「こうして仕事をする服装を毎回考えるのも大変なので制服のようなものがあればとも思うです。」

いつだったかホームセンターから買って来た等身大の鏡で服装や髪型を整えながら準備をする二人だが、横島の店で働くのに以外に大変なのはバイト中の服装である。

基本的に細かいことを気にしない横島は服装も髪型も全て木乃香達の好きなようにさせていた。

一応エプロンは木乃香達で決めて着用しているが、店の客の大半が顔見知りなため日々の服選びはみんな結構悩むらしい。


「横島さんに言うたらメイド服になるんやないん？」

「それは流石にちょっと……。」

木乃香はともかく夕映などは正直服装にはあまりこだわりがなく無頓着とまでは言わないが気にしない方だった。

元々クラスでも目立たない方だし私服を着るのは休日くらいで、しかも行き先が図書館か本屋がほとんどなので極端な話をすると自分が何を着ても誰も気にしてないだろうとすら思ったことがあるほどである。

ただ現状ではクラスメートや同じ中等部の子がよく来る店で週の半分は働いているので、必然的に服装が注目を集めてしまう。

まさか学校の制服でバイトをする訳にもいかないので持っている私服を着ているが、夕映なんかはいっそ普通のファーストフードや喫茶店のように決まった服でもあればと思うようだった。

まあ横島に言えば用意してくれなくもないのだが、だいぶ前にメイド服にしようかなどと言っていた事を思い出すと素直に言えないようである。


「よくよく考えてみると私はこういう賑やかな店で働くタイプではなかったような……。」

あまり考えても仕方ないので準備を終えると気持ちを切り替えて働き始めるが、ふと夕映は横島に出会う前のことを思い出してしまう。

本が好きで本の中に夢や希望を持っていたと言っても過言でない夕映は、何処か現実を退屈なものだと決めつけて逃げていたのかもしれないと今になって思う。

ただ現実は《事実は小説よりも奇なり》という言葉を地でいくように刺激と未知で溢れていた。


「私は……。」

夕映は自分が凡人だと自称する変人の刺激と未知の部分に惹かれたのかもしれないなと心の中で思う。

どんなに退屈な日常でも一瞬にして刺激的なことにしてしまうという意味では、自称凡人は天才的だった。

そんな人だからこそ自分は誰よりも冷静にその人を繋ぎ止める立場になったのかと思うと、少しばかり運命の悪戯というものを感じずにはいられないようである。


「ゆえちゃん、みてみて。」

「よく描けてるですね。 私はそんなに楽しそうにしてましたか。」

夕映が過去を思い出していたのはほんの数秒だったが、ふと気が付くと目の前にはタマモが居てクレヨンで描いた絵を見せていた。

それは仕事をしている時の夕映を描いた絵のようだが、とても楽しそうな絵の中の自分に夕映は思わず笑ってしまう。

よほど上手描けたのかタマモはその後店内に居る人みんなに絵を見せていくが、夕映はそんなタマモの姿に普通の日常もいいものだと改めて感じていた。