二年目の春

さてこの日も夕方になると雪広さやかと父である正樹は車にて都内の某ホテルへと向かっていた。

目的は雪広グループと取引もある企業の創立記念パーティである。


「へ~、腕時計型通信機か。 昔のアニメにあった夢のアイテムみたいだな。」

事実上の財閥といえる雪広家では大小様々なパーティの招待状が届くのは日常茶飯事のことであり、出席が必要なパーティは雪広家以下グループ重役が分担して出席していた。

この日は長年取引している主催企業の創業者である会長の引退前の最後のパーティということもあって、社長である正樹と後継者であるさやかが揃っての出席になる。

ただパーティ出席自体慣れていて仕事の一貫である正樹は、昨日までさやか達が異空間アジトでスキーをしていた話やホワイトデーのお返しに腕時計型通信機を貰ったことなどを聞き少し羨ましげな表情を浮かべている。


「これはお父様達にも近々届けるとおっしゃってましたわ。 なんでも盗聴不可能な通信だそうで。 あれば便利だろうと。」

「助かるな。 父さんや那波となら話せるんだろ? 今の時代携帯があるけど盗聴が怖くて使えないし。」

当初はスペックダウンして販売出来ないかなとも考えた正樹であるが、説明を聞くに従い無理だなとすぐに諦めていた。

今までの技術と全く違う通信というだけで早々公表出来るはずもない上に、登録した魔法を持ち主の才能や経験に関係なく使える機器など論外である。

ただ個人として貰える分には有り難く頂くし、財界の大物という立場上携帯電話では重要な案件は言えないのである意味少女達より有効に活用出来るだろう。


「それにしても横島君がそこまで強いとはね。 単純に羨ましいというと無神経かもしれないがそれでも羨ましく感じるよ。」

そしてさやかの話で正樹が一番驚いたのは、やはり横島の強さであった。

高畑が子供扱いされたという実力は横島が考える以上の衝撃を関係者に与えることになる。

完全なる世界を撃退出来ると公言した故に弱くはないとは思われていたが、それでも関係者には今一つその実力がはっきりと見えて来なかったのも事実なのだ。

まあ正樹も戦う力があれば何もかも守れるなどとは思わないが、最終的に戦う力が物事を決定付ける鍵になるのは理解している。

最悪の場合を想定すると高畑が滅びゆく魔法世界側に着く可能性もゼロではないだけに、万が一の際に高畑を押さえられる存在が近右衛門以外にも居るのは心強かった。

無論現時点では高畑を疑ってるというほどではないが、魔法世界出身で魔法世界を救った英雄の一員である高畑が最終的に魔法世界を見捨てるとはなかなか考えにくいものがある。

ただ正直なところ魔法世界に関しては高畑に限らずどうすればいいのか誰にも分からないだろうというのが本音にあるが。


「何か厄介な問題でもあるのですか?」

「……ないとは言えないな。 今は詳しくは話せないがこの先も順風満帆ではないことは確かだ。 ただいつの時代もそれは同じなのかもしれないけどな。」

この時さやかは横島の具体的な強さに少し考え込む父を見て以前から気になっていたことを尋ねた。

エヴァとの和解や東西協力の進展など魔法協会を取り巻く環境はここのところ悪くはなく、加えて横島のような味方が出来たにも関わらず大人達が何か問題を抱えている様子であることには以前から気付いている。

それが何なのか以前からさやかは密かに単独で調べているが、現時点では確かなものはなく唯一の懸念は秘密結社完全なる世界の暗躍くらいだった。

かつて魔法世界を全面戦争にまで陥れた完全なる世界は確かに驚異ではあるが、それでも完全なる世界は地球側に侵攻してきた事実はなくそれだけではないのだろうと半ば勘ではあるが思っていた。

正樹はそんな娘の疑問に具体的な話は避けつつも、この先の未来を担う娘にこれ以上楽観的な嘘をつくことは出来ないと考え先行きの不安についてちらりとこぼすことになる。


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